【1】ギャンブルの沼 6 オンラインカジノ――ポケットの中の断崖絶壁
シリーズ「依存症ニッポン」
オンラインカジノ――ポケットの中の断崖絶壁(上) 文武両道の優等生が、バイト先で知った「蜜の味」
人は「何かを期待する」ことで、前向きになる。努力や苦労の先にある何かを手に入れようと、勉強をしたり、練習をしたり、仕事に打ち込んだりする。
一方、最初に「ラクをして 儲 けたい」と期待して、ギャンブルに手を出す人も……いる。こちらが期待しているのは、「成果」ではなく、ただの「幸運」だが。
精神科医として、さまざまな依存症治療に取り組んできた、よしの病院(東京都町田市)の 蒲生裕司 ・副院長は、ギャンブルについて「勝負に勝ったときに脳内でドーパミンが活発になるわけではなく、『今日は勝てるんじゃないか、儲かるんじゃないか』と、報酬への期待を抱いているときのほうが活発になる」と説明する。
ドーパミンは「気持ちいい」「幸福を感じる」「意欲的になる」などの状態にかかわるホルモンで、ギャンブル依存者は、賭け事によって活動性が高まることで、精神的な依存状態が形成されていくことがわかっている。だとしたら、ギャンブルの対象が身近にあるほど、報酬期待のスイッチは入りやすくなり、依存への危険は増す、ことになる。
オンラインのギャンブルは、時間も場所も選ばない。24時間、いつでもどこでも、スマホの中から報酬期待が手招きする。シリーズ最終回は、「オンラインカジノ」の沼にはまり込んだ都内の会社員、セイタ(28)の話。

選択肢は「借金」「自死」、もしくは「横領」…
2020年10月、新型コロナ感染症の拡大に、世界が右往左往していた。セイタにとっては、未曽有のウイルス禍よりも、目前に迫っていた消費者金融への返済、そしてクレジットカードへの支払いのほうが、はるかに切迫した問題だった。
この月は25日が日曜日に当たり、23日の金曜日には給料が自分の銀行口座に振り込まれたが、その日のうちに、全額がスマホのオンラインカジノにのみ込まれてしまった。
預金口座の残高はほぼゼロで、財布に残った数枚の1000円札が全財産だった。消費者金融もクレジットカードも限度額いっぱいまでの借り入れがあり、これ以上の現金調達は絶望的。このままでは、週明け後の仕事も満足にできない。
どうするか。
選択肢は三つ。「家族・知人から借金する」「自分の首をつる」、そして、もっとも安直でラクそうな「金を盗む」だった。具体的には、会社の金の「横領」だ。
ちょっとした考えがあった。
セイタが所属する都内の中堅セキュリティー関連企業には、成果を上げた社員に対し、会社から現金が支払われるインセンティブ(報奨金)制度がある。新規契約の獲得などで、報奨金を受け取った社員は、所属する部に一部を還元し、歓送迎会費用などの足しにする慣習があった。部署の出納管理は、同僚の女性社員が担当している。
会社の金に比べれば、格段にガードが甘い。「無断借用」しても、短期間のうちに戻しておけば、誰にも気づかれない。
大丈夫。その金を 盗み 、オンラインカジノで増やせばいい。
1 / 3
【関連記事】
※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。
※個人情報は書き込まないでください。