ヨミドクターメンバーズサロン
医療・健康・介護のコラム
高齢者と犬・猫が看取り、看取られ…ペットが持つ奇跡のセラピー効果
生きる意欲がわいた
効果その2は、生きる意欲を取り戻す効果です。中村さんは60代後半でご主人を亡くし、同時期に病気のため下半身が動かなくなって車いす生活となりました。生きる意欲を完全に失って、「さくらの里山科」に入居されました。
そこで出会ったのが保護猫のトラです。中村さんはこのトラが気に入り、トラを探してホーム内を自分で車いすを動かして移動するので、運動量が増えました。また、トラを抱っこしたり、ブラッシングしたりして、腕を動かすのがとてもいいリハビリになりました。そうやってトラの世話をするうちに見違えるように生き生きとし、生きる意欲を取り戻したのです。
効果その3は、記憶と感情を取り戻す効果です。80代後半で「さくらの里山科」に入居してきた佐藤さんは、入居当時、すでに重度の認知症で、ご家族の顔も名前もわかりませんでした。感情も失い、いつも無表情。自ら言葉を発することもありませんでした。
ご家族は、犬が大好きだったお母さんなので、犬がいる「さくらの里山科」に来れば少しでも回復するかと、わずかな望みを託したのです。そして佐藤さんは犬の文福と出会い、奇跡が起きました。
何年間も無表情だった佐藤さんが、文福を見ると笑みを浮かべました。1週間ほど経つと、「ポチ」と自ら言葉を発して、文福に呼び掛けました。ご家族は、お母さんの声を聞いたのは数年ぶりだと、涙を流しました。さらに数週間がたったときには、「ぶんぷく」と、ちゃんと文福のことを認識して呼び掛けたんです。
そして、ついにご家族のことを思い出しました。面会に来られた息子さんたちを名前で呼んだのです。息子さんたちは「奇跡だ」と言って号泣されていました。
リハビリを後押し
効果その4、リハビリの促進効果です。90代後半で入居された斉藤さん。大変な猫好きでしたが、ご自身が80代ぐらいになったとき、猫を飼うのを諦めたそうです。すると、生きる気力をなくしてしまったんですね。しかも運悪く脳 梗塞 になってしまい、その後遺症で軽度のまひを負いました。すっかり無気力になっていた斉藤さんは、リハビリも行おうとしませんでした。
ご家族が「さくらの里山科」で、もう一度猫と一緒に暮らせば生きる気力を取り戻してくれるのではないかと期待して、入居を選んだのです。その期待は見事にかなえられました。
斉藤さんは、トラをカートに乗せて、そのカートを押すなどのリハビリに励みました。トラと一緒に歌を歌い、トラと一緒に笑い、トラと一緒に涙を流していました。こうして生きる気力を取り戻し、生活が一変しました。
入居者を看取る犬・文福
最後に、少し特殊な事例になりますが、文福の看取り活動についてご紹介します。文福は保健所から引き取られた保護犬です。ボランティア団体から「さくらの里山科」にやってきました。
ホームに一番最初に来たワンちゃんで、もうすぐ10年になります。この文福は信じられないことですが、一緒に暮らしているご入居者さまがご逝去することを予測して最後の2、3日の間、ご入居者さまに寄り添って、看取っているのです。
この文福の不思議な力を借りて、亡くなる直前のご入居者さまを思い出の場所にご案内したことがあります。文福がまだ看取り活動をしていないから、この方はまだ大丈夫だろうと考えて、長い間漁師として働いていたという思い出の漁港にお連れしたんですね。ご逝去される5日前のことでした。
このように、犬や猫と高齢者が一緒に暮らすことにより、奇跡としか思えないことがたくさん起きました。
「家族を殺してしまった」と号泣した男性
飯田 年をとって病気が進んでいく苦しい日々の中で、愛らしい犬や猫の存在が、高齢者の心の支えになっている。そして、犬や猫にとっても高齢者との触れあいが生きがいになっている。スライドに登場するお年寄りの笑顔と犬、猫のうれしそうな様子が、とても印象的でした。
ここからは、トークセッションに移りたいと思います。私からの最初の質問ですが、犬や猫と一緒に暮らせる特養を作ろうと思われたのはなぜなんでしょうか。何かきっかけがあったのですか。
若山 このホームの開設を計画していた時に、私の社会福祉法人の在宅介護部門で長年、お世話をしていた一人暮らしの高齢者が亡くなりました。その方はミニチュアダックスフントという種類の犬を飼っていて、1人と1匹が仲むつまじく、家族以上の存在として一緒に過ごしていたのです。
ところが、この方のお体の状態が悪化し、一人暮らしは難しくなりました。それで、老人ホームに入ることになったのですが、「さくらの里山科」はまだできていなくて、別の法人の老人ホームに入られました。そのホームには、ワンちゃんを連れていくことはできませんでした。
その方は、ワンちゃんのもらい手を一生懸命探したのですが、もらい手は見つからず、最後は泣く泣く保健所にワンちゃんを渡して老人ホームに入るしかなかったのです。
その後、うちのスタッフが何度かお見舞いに伺ったのですが、いつも号泣していたそうです。「俺は自分の家族を自分で殺してしまったんだ」と言って、自分を責め続けていたのです。そして、生きる気力をなくしたように、老人ホームに入居してから半年もたたないうちに亡くなってしまいました。
すると、お見舞いに行った職員が私のところに来て言ったんです。「あの方だって、これまでの人生で楽しいこと、幸せなことがたくさんあったに違いない。でも、最後の半年間は、『自分の家族を殺した』と自分を責め続けるような日々でした。高齢者をそんな悲惨な最期に追い込んでしまうのが高齢者福祉なんですか」と。
この言葉は、今も私の胸にしっかり刻まれています。だから私はペットと一緒に暮らせる老人ホームが必要だと考えたんです。
飯田 胸がつまるような話ですね。
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