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医療・健康・介護のコラム

子宮外妊娠で卵管を切除 不妊治療を乗り越えた夫婦がたどり着いた答え

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子宮外妊娠で失ったおなかの赤ちゃんと卵管

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 初めての体外受精の結果、Yさんは妊娠していましたが子宮外妊娠となってしまいました。泣く泣く流産手術を受け、赤ちゃんと同時に右の卵管も失いました。

 Yさんはこれまでの緊張の糸がぷつんと切れたように、何も考えられなくなったといいます。「待ちに待って、やっと来てくれた赤ちゃん。不妊治療だけでなく、何もかもやる気がなくなりました。自分が悪かったのだろうか。何がいけなかったのだろうと、毎日泣いて過ごしました」

遠のくクリニック、テレビ番組で知った「特別養子縁組」

 それからYさんは、「また子宮外妊娠になったらどうしよう」と、クリニックに足が向かなくなりました。「そんな時、テレビで養子縁組の番組を見たんです」。Yさんは、すぐに夫を呼んで、一緒にそのテレビを見ました。終わった後、Yさんはぽつりと「養子という選択肢もあるよね……」とつぶやきました。夫は黙っていたそうです。

 それをきっかけに特別養子縁組についてYさんはあれこれ調べ、民間団体をいくつか探して問い合わせもしてみました。夫は最初乗り気ではなかったものの、Yさんの真剣な様子を見て、「ちゃんと話し合おう」と、2人で話し合ったそうです。

子どもを授からない夫婦のための制度ではない

 まだ治療を諦める年齢ではないと思えること。特別養子縁組を望んでも、すぐに迎えられるかどうかわからないこと。どんな子どもを迎えるかを選べないこと。そもそも里親も特別養子縁組も、子どもを授からない夫婦のための制度ではなく、子どものための社会的養護(保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと:厚生労働省HPより)の制度であること。

 「治療の継続、終了も含め、これからの人生のことをこれまでにないくらい、夫婦でたくさん話し合いました」と、Yさんは振り返ります。

養親になることを決意、落ち着かず、眠れぬ日々

 その後、Yさん夫妻は、養親になることを決意、特別養子縁組をあっせんする民間団体に登録し、研修や勉強会に参加して、養親になれる日を待ちました。研修は必ずカップルで参加、これまでの人生を振り返るプログラムでは、つらい悲しい経験を思い出す必要があり、大変だったそうです。

 4~5か月ほどたったある日、Yさんに「家庭訪問」の電話がありました。これは子どもを預けても大丈夫かどうか、団体の担当者がその家を見に来るというもので、いわば一種の最終テストです。Yさんは「家庭訪問が来るということは、もうすぐ子どもを迎えられるのかもしれない!」と思い、その前日から気持ちが落ち着かず、眠れなかったそうです。

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松本 亜樹子(まつもと・あきこ)
NPO法人Fineファウンダー・理事/国際コーチング連盟マスター認定コーチ

松本亜樹子(まつもと あきこ)

 長崎市生まれ。不妊経験をきっかけとしてNPO法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げ、不妊の環境向上等の自助活動を行なっている。自身は法人の事業に従事しながら、人材育成トレーナー(米国Gallup社認定ストレングス・コーチ、アンガーマネジメントコンサルタント等)、研修講師として活動している。著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)など。
Official site:http://coacham.biz/

野曽原 誉枝(のそはら・やすえ)
NPO法人Fine理事長

 福島県郡山市出身。NECに管理職として勤務しながら6年の不妊治療を経て男児を出産。2013年からNPO法人Fineに参画。14年9月に同法人理事、22年9月に理事長に就任。自らの不妊治療と仕事の両立の実体験をもとに、企業の従業員向け講演や、自治体向けの啓発活動、プレコンセプションケア推進に力を入れている。自身は、法人の事業に従事しながら、産後ドゥーラとして産後ケア活動をしている。

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