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医療・健康・介護のコラム

[タレント 新田恵利さん](下)番組の企画で受けた検査でまさかの「脳動脈瘤」 初めて「死」を意識した時

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 アイドルグループ「おニャン子クラブ」の人気メンバーとして活躍し、ソロでも「冬のオペラグラス」をヒットさせた新田恵利さん。明るい笑顔の傍らで、いくつかの病気・入院も経験し、2016年には脳動脈 (りゅう) のカテーテル治療も受けています。病気や母親の介護を通し、自らの後半生について、リアルに考えるようになったと言います。(聞き手・梅崎正直、撮影・中山博敬)

夜中までレコーディング 2~3時間寝て高校へ

[タレント 新田恵利さん](下)番組の企画で受けた検査でまさかの「脳動脈瘤」 初めて「死」を意識した時

――1985年におニャン子クラブのメンバーとしてデビュー。「夕やけニャンニャン」は“社会現象”と言われるほどの人気でした。当時はどういった生活だったのでしょう。

 17歳で、まだ高校生でした。通学と仕事を両立していたので、大変でした。仕事も、おニャン子と、ソロ活動を並行してこなしていました。休みと言えば、高校のテスト前だけ。レコーディングが夜中まで続くこともあり、終わって埼玉の自宅に帰って、2~3時間寝たら、高校へ行く。そして、放課後はすぐに仕事へ向かう日々でした。

――つらくはありませんでしたか。

 精神的にもつらかったですけど、人生では誰もががんばらなきゃいけないときがありますよね。私の場合は、それが早く訪れたのだと思います。

――体調を崩したことは?

 おニャン子を卒業した後の19歳の頃に盲腸になって、22歳の時には食中毒で救急搬送されました。

真夏に「貝のお寿司が食べたい!」 食中毒で救急搬送

――食中毒? 何があったんですか。

 8月のお盆の頃、どうしても貝のお刺し身が食べたくなって、お 寿司(すし) 屋さんを探したんですけど、その時期に営業している店は少なくて、しかも、季節的に貝を提供している店もほとんどない。でも、探していると、1軒見つかったんです。すぐに買いに行って、家で食べたら、見事に8時間後に……。

 自分でなんとか救急車を呼びました。病院に着くとマネジャーがいて、母も駆け付けてくれました。

――それは大変でしたね。でも、お母さんが付き添ってくれた。

 盲腸のときも。いつも母がそばにいてくれました。

――2016年には脳動脈瘤の手術を受けられています。

 その3年前にテレビ番組の企画で、初めて人間ドックを受けたんです。芸能人が何人か参加して、誰が不健康か、ランキングで発表される。私は、お酒もたばこも無縁だし、夜更かしも嫌いだからしない。運動はしませんが、規則正しい生活をしていて自信満々で臨みました。ところが、ランキングを見たら、なんと最下位! 脳動脈瘤があるというんです。まったく自覚がなかったので、びっくりです。

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