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武井明「思春期外来の窓から」

医療・健康・介護のコラム

女子にあいさつされると好きになる高1男子に効いた助言は「AKB48だと思ったらいいよ」

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「AKB48は、お付き合いの対象にならないよね」

 スクールカウンセラーにも定期的に相談していました。通院を始めて3か月がたった頃、学校でスクールカウンセラーの先生から、

 「亮太君は、クラスの女子をすぐに好きになって、お付き合いしてほしいと言っているようだけど、うまくいかないよね。クラスの女子のことをAKB48だと思ったらいいよ。AKB48はファンに話しかけ、握手もしてくれるけど、お付き合いの対象にはならないよね。それと同じだよ。そうすると、女子から嫌がられることもなくなるよ」

 とアドバイスされたそうです。

 亮太君はこのアドバイスを聞いて、「なるほど!」と思ったといいます。

 「自分にやさしく声をかけてくれるのは、相手の女子が自分のことを好きだからだと、これまで思っていました。でもそうではなく、クラスの女子はAKB48なんだから、ファンの僕にやさしく声をかけてくれるんだと思えるようになりました」

 さらに、亮太君は、

 「相手はアイドルなんだから、お付き合いは当然できませんよね。でも、そんなアイドルと毎日学校で過ごせるなんて、『僕は何て幸せなんだ』と思います」

 とも話してくれました。

 そのようなやり取りを診察室で繰り返すうちに、亮太君の不潔恐怖はいつしか軽くなっていきました。

気持ちを読み取るのが苦手な発達障害の子どもたち

 自閉スペクトラム症の子どもたちは、発達の偏りのない定型発達の子どもたちよりも、相手の気持ちを読み取ることが苦手です。相手が示す表情、声のトーンや抑揚、ちょっとしたしぐさなどから、言葉にならない気持ちを読み取ることがむずかしいのです。異性であればなおのこと、高度なスキルが要求されるでしょう。

 亮太君はもともと人付き合いが苦手で、小中学校時代にはいじめにも遭ったことがあります。高校入学後にやさしく声をかけてくれた女子にひかれ、付き合いたいという思いが強くなったのです。しかし、亮太君は、クラスの女子が自分に好意を抱いているのか否かということを考えることができませんでした。たとえ、好意があったとしても、恋愛対象としてみているのか、単に友だちとしてみているのか、ということまで考えがおよびませんでした。

 「自分が相手の子を好きだから、その子も同じ気持ちのはずだ」という強い思い込みもありました。自分と相手の気持ちが常に一致するとは限らないことや、相手には相手の気持ちがあるということを理解することができないのです。このような、人の気持ちに対する認知のあり方は、亮太君にもともとある障害特性に深く由来していると考えることができます。

 さらに、亮太君の場合、異性に対して「好きか嫌いか」という二つの気持ちしか持ち合わせていないのも大きな問題かもしれません。女子がたまたまやさしくしてくれたことを、自分に対する好意として勝手に受け取ってしまいます。ちょっとでも冷たい態度を示す人がいたら、すぐにその人を嫌いになってしまいます。「ごく普通の友だち」という関係が存在しません。ですから、異性に出会うたびに、「好きか嫌いか」という両極端の気持ちが行ったり来たりするのです。

 スクールカウンセラーの「同級生の女子をAKB48としてみたらいいよ」という言葉は、亮太君にとって非常にわかりやすいものでした。アイドルであれば、自分が好きになることはできるけれど、お付き合いをしたり、恋人関係になったりすることはないのです。このアドバイスがあってから、同級生の女子とほどよい距離でかかわることができるようになりました。

大人でも「地雷を踏む」

 私たち自身のことを考えれば、大人になってからも、異性(パートナー)の気持ちを理解するのは相当むずかしいことに思えます。自分では些細なことと思っていても、パートナーには重大な問題で、反感をかってしまうようなことが、日常生活でたびたびあるようです。いわゆる「地雷を踏む」というものです。だからこそ、いくつになってもパートナーのことを理解しようとする姿勢が必要なのかもしれません。

 そう考えると、発達に偏りがある子どもたちにとって、異性との関係の持ち方がとてもむずかしい問題であることは、しごく当然のことなのかもしれません。失敗を繰り返しながら、異性とのお付き合いのスキルを、時間をかけて磨いていってほしいものです。(武井明 精神科医)

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武井 明(たけい・あきら)

 1960年、北海道倶知安町生まれ。旭川医科大学大学院修了。精神科医。市立旭川病院精神神経科診療部長。思春期外来を長年にわたって担当。2009年、日本箱庭療法学会河合隼雄賞受賞。著書に「子どもたちのビミョーな本音」「ビミョーな子どもたち 精神科思春期外来」(いずれも日本評論社)など。

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