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第50回医療功労賞

イベント・フォーラム

[第50回医療功労賞]中央表彰者の10人(下)

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【国内部門

被災地の医療再生に尽力 鵜浦(うのうら)章(71)医師

 

[第50回医療功労賞]中央表彰者の10人(下)

鵜浦章さん(提供)

 ふるさとの岩手県陸前高田市で、東日本大震災の直後から被災した地域住民の診療にあたった。

 2011年、震災の津波で診療所と自宅が全壊したが、その1週間後には市内の県立病院に駆けつけ、住民の救護に奮闘した。

 地域のかかりつけ医として、住民を早く安心させたいと、震災翌月にプレハブの仮設診療所を高台に開設。12年6月には診療所を再建し、近くに地元住民の交流拠点「りくカフェ」も開くなど地域の医療再生に尽力した。<岩手県>

手術後のリハビリ患者支える 河野礼治(63)理学療法士

 

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河野礼治さん(提供)

 理学療法士が少なかった1980年代から、手術後のリハビリに取り組む患者を支えてきた。

 理学療法士だった父親に背中を押され、同じ道に進んだ。専門学校でリハビリを学び、兵庫県の病院で経験を積んだ後、故郷の大分県別府市に。地元の病院で20年間、リハビリテーション科技師長を務めた。

 2007年から11年間、県理学療法士協会の会長を務め、後進の育成にも取り組んだ。現在は杵築市の病院に移り、高齢者らのリハビリ支援に尽力する。<大分県>

ハンセン病元患者に寄り添う 冨士原晴己(69)保健師

 

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冨士原晴己さん(提供)

 1976年から、ハンセン病の元患者の人権回復や被災地支援などの活動を重ねてきた。

 県外のハンセン病療養所で暮らす元患者が、徳島県へ里帰りできるように尽力。偏見や差別をなくすため、元患者と県民の交流会も開いた。

 阪神大震災では淡路島に、東日本大震災では宮城県気仙沼市に赴き、被災者の健康管理を行った。

 9年前に退職した後も、子育て支援や、新型コロナの宿泊療養施設で過ごす人のケアなど、幅広く活躍している。<徳島県>

親子で救急「断らない医療」 今給黎尚典(いまきいれ・たかのり)(82)医師

 

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今給黎尚典さん(提供)

 整形外科医として50年以上にわたり、地域医療を担ってきた。

 若い頃は東京の医科大に在籍し、北アルプス・白馬岳の診療所で、登山者の救難活動に取り組んだ。故郷の鹿児島では、三島村や十島村など医師のいない離島に足を運び、泊まり込んで住民の診療を行った。

 父が開業した総合病院で働き始めてからは、親子で24時間体制の「断らない医療」を推進。夜中でも患者が来れば跳び起きて診察した父の姿が原点だ。今も週2日は診療を行う。<鹿児島県>

遠隔診断システムを構築 渡部和男(61)診療放射線技師

 

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渡部和男さん(提供)

 体への負担が少なく、的確な診断につながる検査を心がけ、医療画像のデジタル化や地域連携推進に貢献した。

 勤務していた県立病院には放射線科の専門医がいなかった。そこで、1990年代後半に県内の他病院と連携し、離れた場所から専門医が画像を見て診断できる遠隔診断システムを構築。2000年代前半には、検査画像をフィルムからデジタルに変更し、効率的に過去の検査結果と比較できるよう改良した。定年退職後も専門員として勤務する。<福島県>

過疎地の口腔ケアに奮闘 正田晨夫(あさお)(75)歯科医師

 

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正田晨夫さん(提供)

 歯科医がいない村に診療室を開設するなど、過疎地や受診が難しい人々の口腔ケアに取り組んだ。

 1979年に奈良県内で開業し、障害者や難病患者への訪問診療に尽力した。2011年、紀伊水害で被災した同県 野迫川のせがわ 村を訪れた際、村に歯科医がいないと知った。長く治療を受けていない住民のため、14年に村の診療所内に相談室を開設。16年には治療器具を備えた診療室を設けた。現在も週1回、約2時間かけて通い、診療や歯科の保健指導を行う。

<奈良県>

「元気体操」考案 県内巡り拡大 元吉明(70)理学療法士

 

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元吉明さん(提供)

 高齢者の転倒予防や健康増進に役立てようと、自ら考案した「元気体操」に地域のお年寄りと取り組んできた。

 障害児のリハビリに約20年間取り組んだ後、1995年から高知県安芸市の県立病院に勤め、入院患者が書いた詩に、曲と振りを付けて元気体操をつくった。

 地域の情景を歌う詩と軽快なリズムに合わせ、交互にもも上げをしたり、屈伸をしたりするものだ。体操を広めるため県内各地を行脚し、同市の介護予防事業にも取り入れられた。<高知県>

在宅療養支援 患者の立場で 山根優子(66)看護師

 

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山根優子さん(提供)

 1995年から島根県浜田市で訪問看護に携わってきた。

 大学病院に勤めていた若い頃、自宅療養を希望する末期がんの患者らに対する支援が不十分だと感じた。

 自分が支える側になろうと、2004年に訪問看護・介護などに取り組む「ホットケアセンター」を開設。13年には、県内初となる看護小規模多機能型居宅介護事業所を設立した。訪問や通い、宿泊など、多様なサービスを希望に応じて提供する。今も現場に立ち、後継者を育てている。<島根県>

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