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医療・健康・介護のコラム

[歌手・女優 大場久美子さん](上)テレビ収録の「ひな壇」で発作が…母の死の3日後に始まったパニック症

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 1970年代後半、高視聴率ドラマ「コメットさん」で人気を集め、ブロマイド写真の売り上げナンバーワンを誇った大場久美子さん。華やかな表舞台の裏側には、当時のアイドルの過酷な日々がありました。その後の人生で経験したご両親の看病・介護、ご自身のパニック症についても語っています。(聞き手・梅崎正直、撮影・小倉和徳)

いじめられていた小学生時代

[歌手・女優 大場久美子さん](上)テレビ収録の「ひな壇」で発作が…母の死の3日後に始まったパニック症

――心理カウンセラーやエステ関連など26の資格をお持ちです。資格に目覚めたのはいつ頃からでしょうか。

 50歳くらいでしょうか。事務所の社長の知り合いで整体院を開業している人がいて、足つぼの教室に通ったのがきっかけです。その頃、芸能界でこの先大丈夫だろうかという不安もありました。「私の場合、芸は身を助けなかったね」なんて冗談を言っていたんですけど、資格の勉強をしているのが楽しくなって、足のリフレクソロジーから手、全身のトリートメントに関する資格も取りました。他に、心理や老犬介護に関する資格も持っています。

 今になって勉強が楽しくなっているのは、よく考えると、子ども時代の経験と関係しているのかもしれません。小学校ではいじめにあって、1か月単位で登校できなくなることも多かったし、中学からは芸能生活に入ってしまったので、私には学生生活らしいものがなかったんですね。なので、勉強して技能を身につけたり、“学生”としての生活をしたりすることが、私には新鮮だし、自信にもなっているんです。

――いじめというと、どんなことがあったんですか。

 家が貧乏でしたから。小学校低学年の頃は、兄のお下がりの服を着て学校に行っていましたし、お弁当の日には、一人だけ先生のお弁当を食べさせてもらっていました。そういうことがいじめにつながっていたんだと思います。

 当時は給食に脱脂粉乳があったんですけど、私が苦手で飲めないのを知っていて、同級生が嫌がらせでいっぱい注いできたり、配られるものが私だけ配られなかったり。もちろん言葉の暴力もあって、友達が自分のことを悪く言っていると思うだけで気分が悪くなり、倒れることもありました。

アイドルの過酷な日々 撮影中に意識もうろう

――芸能界に入ってからは環境が一変したわけですね。

 13歳で子役として芸能界に入りました。オーディションにうかって、アイドルとして活動したのは17歳くらいからです。

――「コメットさん」の頃ですね。想像を絶する忙しさだったのでは。

 ドラマを2~3本撮っていて、それに週4日かかる。土日は地方に行っていました。スケジュールに睡眠時間は作られていない日が多かったですね。3時間ほど休める時間があって寮に帰っても、お風呂に入ったら色紙にサインして、台本をおぼえて……といった具合です。お昼の時間にも取材が数本あって、おにぎりを口にするのがやっとでした。あまりに疲れたときは、コメットさんの撮影所の食堂に行って洗い物をさせてもらいました。ぼーっと洗っているのが息抜きになったんですね。

 ドラマの撮影中に意識がもうろうとなって、共演の野口五郎さんに支えられながら、セリフを言ったこともありましたね。1週間ほど休んで入院したこともありましたが、それまでにマネジャーの方が3人倒れていました(笑)。でも、当時のアイドルは、不眠不休でスケジュールをこなすのが登竜門だと言われていて、それが当たり前だったんです。

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