鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
彼氏の子を産む33歳母がコロナ感染 濃厚接触者の中1息子は…「家にいる。でも、カップ麺がある」
新型コロナ第5波のまっただ中、美しい海辺に臨む中規模病院でのこと。33歳の経産婦。中学1年生の息子と2人暮らしをしている。仕事で知り合った男性との子どもを妊娠し、現在は通い婚の状況。妊婦健診では、「会えば、けんかばかりでストレス、妊娠したので結婚しなくちゃならないが、どうなるかわからない」と言っており、籍はいれていなかった。
正期産(妊娠37週から41週まで)の時期になって、パートナーがコロナに感染し、別宅での隔離・療養となった。その後、本人もコロナ陽性が判明し、緊急帝王切開で出産。中学生の息子のことが気になった助産師が、「子どもはどうしたのか」とたずねると、「家にいる。でも、カップ麺がある」と言う。一人で自宅にいる息子は濃厚接触者だったが、PCR検査を受けておらず、いつ発症するかもわからない。しかし、母親は、特に気にする様子もなく、「しょうがないよね」と言う。
一人で家に10日間 食べ物も十分になく
長いキャリアのある助産師が語ってくれたケースです。「コロナの第5波で、保健センターや子ども家庭支援センターからの情報収集や連携がスムーズにいかず、中学生の子どもを守るために苦心した」と言います。
出産後間もない女性が、「中学生の子どもを一人で家に置いてきた」と話していることから、10日間の入院期間中に子どもの世話する大人がいないこと、食べ物も十分に確保されていない状況を想定しました。さらに、濃厚接触者のため、体調の急変も懸念されました。
この病院には、児童虐待に対応する院内組織がありませんでした。助産師が中心となり、小児科医師、産婦人科医師、看護師長らと、児童虐待ケースとして通報するかどうかを含め、対応を協議しました。次に、市の保健センターへ連絡して、子どもを守るために利用できる公的サービスがあるのかを確認。この母と子の家庭状況の情報を収集し、子ども家庭支援センターに、まずは「通報」ではなく、「相談」をしました。
しかし、コロナ患者は急増し、子どもの感染者も増えており、その対応と支援で保健センターやこども家庭支援センターは手いっぱいでした。いつものようなスピードでは、連絡がとれません。何度目かの問い合わせをした時、子ども家庭支援センターから、「この母子は特に問題のあるケースとしては挙がっていない」との情報を得ました。しかし後日、やり取りを重ねるなかで、1年半くらい前から育児放棄や身体的暴力で通報があったことがわかりました。
生徒の姓が変わったことも教師は知らず
子どものことを気にかけていたのは、保健センターの保健師も同じです。保健師が中学校の教員と連絡をとったところ、中学校側はすでに自宅を訪問しており、夜に子ども一人となっている状況について、母親と話し合いを持とうとしていました。しかし、母親からは「中学校こそなんとかしてほしい。支援がないから」との一点張りだったといいます。ちょうど、8月の夏休み期間のため、生徒たちが学校から離れている時期でした。前夫との離婚に伴い、子どもの姓が変わっていたことも、教師は知らなかったようです。
この助産師の次の言葉が印象的でした。
「正直、お母さんがコロナで入院していることは、あまり心配しませんでした。帝王切開後も順調で、コロナも軽症でした。新生児も経過は順調でした。お母さんと赤ちゃんは、大勢の専門家のケアを受け、3食整い、手厚い治療がされているのに、中学生の息子さんはたった一人で家で過ごしている。保健センターは、1日1回、電話で子どもの安否確認をしていると言いますが、濃厚接触者でいつ急変するかもしれない。だれが彼を助けるのか。カップ麺があっても、本当に食べているかもわからない。昼夜逆転し、夜、一人で出歩いてしまうかもしれない」
息子の命を守るにはどうしたらよいかを、第一に考えました。病院職員という立場では、直接、子どもにアプローチすることは難しかったため、次善の策として、母親の信頼を得て、息子の状況を常に確認し、各機関と連携していくことをケアの軸にしたそうです。
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