森本昌宏「痛みの医学事典」
医療・健康・介護のコラム
狭心症では左肩、肝臓の障害では右肩…国民病「肩こり」に深刻な病が潜むことも
古今東西、老若男女を問わず、多くの方々が日常的に「肩こり」に悩まされている。なお、辞書によれば、“こり”は寄り集まり固まることや、凝結することを示し、肩こりは、肩が重苦しく、強ばったような感じになる状態等と説明されている。わが国の肩こり人口は多い。事実、2019年の厚生労働省「国民生活基礎調査」では、肩こりは女性が訴える症状の第1位、男性では第2位だったのだ。
頭の大きさに比べて首の骨が細い日本人
Nさん(44歳、男性)もその一人である。「以前からあった肩こりが最近とみにひどくなって……」として、私の外来を受診された。「コロナ禍で在宅ワークが増えたことも原因だと思うんです、仕事ははかどるんですが……。会社では大型のディスプレーを使っていたのが、ノート型のパソコンを使うようになったからでしょうか?」と付け加えられた。なるほど、Nさんの首から肩に触れてみると、ゴリゴリとしたかたまりがいくつもでき上がっていたのである。
では、日本人に肩こりが多いのはなぜだろう? その理由は、日本人が、頭の大きさに比べて首の骨が細く、周囲の筋肉に過度の負担がかかっていることが挙げられる。愛想よく頭を振っている不二家のペコちゃんを想像していただくとわかりやすい。Nさんならずとも、パソコンに向かっている時にディスプレーが目線より低い位置にあると、知らず知らずのうちに前かがみの姿勢となり、首から肩の筋肉を緊張させてしまうのだ。
古来、わが国では「肩身が狭い」「肩をもつ」「肩の荷が重い」などの表現が広く用いられてきた。これは、日本人が肩を、仕事や対人関係などで負担が強くかかる部位としてとらえてきたことにほかならない。また、肩に注意を払うのは、江戸時代にはやった肩の神様“ 倶生 神”の影響であるとも考えられている。「倶生神は人の肩にすんでいて、人が死ぬと、 閻魔 大王に生前の善行悪行を告げ口する役目を担っている」とされていたことから、地獄に行かないために肩とその周辺を大切にしてきたのである。
肩たたきは優しい子供の象徴
1895年に出版された樋口一葉の短編「ゆく雲」には、「着物の裾のながいを引いて、用をすれば肩が はる 」とのくだりがある。したがって明治中期の人々も肩の はり に悩まされていたと考えていいだろう。夏目漱石が1910年3月から朝日新聞に連載した「門」のなかには、宗助が御米の肩を指で押しながら「 頸 と肩の継目の少し背中へ寄った局部が、石のように凝っていた」との表現がある。宗助と結びついたとき、御米には安井という内縁の夫がいた。そのために背負っていた罪悪感の重みが肩こりを作り出したのだろうか。この漱石こそが肩 こり との言葉を初めて用いたと考えられている。さらには、23年に西條八十が童謡「肩たたき」を発表して以来、お母さんの肩をたたくことが優しい子供の象徴となっている。
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