ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
かわいがってきた犬や猫と最期まで一緒に暮らしたい――。そんな願いをかなえてくれる全国的にも珍しい特別養護老人ホームが、神奈川県横須賀市の「さくらの里 山科」。そこで起きた人とペットの心温まるエピソードを、施設長の若山三千彦さんがつづります。
医療・健康・介護のコラム
入居者、近隣の子ども、仲間の犬たちからも慕われた被災犬「むっちゃん」…数奇な運命たどり、皆の心の中で今も生き続ける
酸素ルームで元気を取り戻し、1年近く頑張ったが…

ドッグランを元気に走り回っていた「むっちゃん」
獣医師さんの診断は、クッシング症候群のために呼吸が荒くなり、心臓に負担がかかっているというものでした。人間なら、在宅酸素治療が必要な状態だそうです。そこで犬用の酸素ルームをレンタルしました。透明なビニールシートで覆ったケージに酸素を送り込んで酸素濃度を高めるもので、毎日一定の時間を過ごすことにより、むっちゃんは元気を取り戻しました。
そして、体調が悪くても、その穏やかで優しい性格は変わりませんでした。文福たちの良きリーダーであり、入居者や職員の癒やしであり続けました。この時期、私には忘れ得ぬ思い出があります。むっちゃんが暮らしているユニット(区画)のリビングを私が訪れた時、調子が悪くて、酸素ルームの中で寝ていたのに、わざわざ出てきて、ほほ笑みかけてくれたように映ったのです。むっちゃんを抱きしめて感じたあの時の温もりは、今でも私の手に残っています。

ホームのリビングにある「むっちゃん」の遺影
むっちゃんは酸素ルームを使いながら、1年近くも頑張ってくれました。そして、2014年5月、眠るように安らかに、虹の橋へと旅立っていきました。
福島県楢葉町で11年間幸せに暮らした後(年数は推定)、原発事故後に取り残され、死にひんします。「犬猫みなしご救援隊」に救い出され、栃木県那須塩原市内のシェルターで1年間暮らし、動物愛護団体「ちばわん」の紹介で、「さくらの里山科」にやって来ました。入居者や仲間の犬たちに囲まれて、最期の2年間を穏やかに過ごしました。人間により死の淵に追い詰められたむっちゃんは、人間の善意のリレーに救われたのです。この数奇な運命を、「むっちゃんの幸せ」という番組としてNHKが以前、放送しました。番組には飼い主さんも登場しています。むっちゃんが生きているうちに会えなかったのはさぞ残念だったことでしょう。
むっちゃんの数奇な運命は、人間とペットの関係について深く考えさせてくれます。
遺影は今でも、リビングに飾ってあります。むっちゃんのことを知る入居者の方は少なくなりましたが、職員は今でも遺影に話しかけています。皆の心の中でむっちゃんは生き続けているのです。
(若山三千彦 特別養護老人ホーム「さくらの里山科」施設長)
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