文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

死期近い60代子宮がん患者 付き添い疲れの夫と子に、看護師は帰っていいと言えず…「最期のとき」と家族

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

家族がトイレに行った瞬間に息を引き取ることも

 カンファレンスでは、医師に予後予測を再確認。「長くても数日」という予測は変わらなかった。看護師が、家族と一緒に何度か観察したところ、表情が穏やかであったことから、痛み止めの量は変更しないことになった。

 看護師が、「家族の『そばにいても何もしてやれない』『苦しそうで見ていられない』というつらさを、なんとか和らげることはできないか」と相談したところ、別の看護師は、「私もそう思うことが何度もあった。24時間付き添っていても、家族がトイレに行った瞬間に息を引き取ることもある。それは、『患者さんがそういうふうに選んだことなんだ』って考えるようにしている」と話した。医師は、「ご家族は今まで十分、付き添ってこられた。患者さんに意識があり、心細くて一番そばにいてほしい時期に家族がいてくれた。そのことを家族にお伝えしてはどうか」と提案した。

 結局、この患者さんは、家族が見守るなか、息を引き取ったそうです。看護師は、少し 安堵(あんど) したと言うものの、「家族のつらさを和らげることができたという実感はなかった」とも話します。最愛の人を 看取(みと) るプロセスで、家族の苦しみや揺れ動く思いにどう向き合うか、本当に難しいケースだと思いました。

「息を引き取る瞬間」だけが特別ではない

 この家族は、手足の動きなど、患者さんの一挙手一投足に反応しています。そのような家族にどうかかわっていくのか、この看護師に聞いてみました。「手を動かす仕草が苦しみのサインと考えているのであれば、一緒にベッドサイドで見守ります。患者さんの表情が穏やかであれば、どうして動いたのか、仕草の意味を一緒に考えます」とのことでした。看護師には、長年の経験や専門的な見地からの見方がありますが、「家族自身がどう感じているのか」「家族が納得できるかどうか」を大切にしていることがわかります。

 今回のケースを通し、「息を引き取る瞬間」だけが特別ではなく、生きることの延長線上にそれはあること、また、その瞬間がいつ訪れるかわからないなかで、今、かかわり続けることの大切さを教えられました。(鶴若麻理 聖路加国際大教授)

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」の一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事