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山中龍宏「子どもを守る」

医療・健康・介護のコラム

11か月女児が電気ケトルを倒して顔から胸に…熱湯でやけど 皮膚移植重ね、機能障害が残ることも

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 お湯をわかすのに、最近は電気ケトルが使われることが多くなりました。小型軽量で持ち運びしやすく、必要な時に、必要な分だけサッとお湯をわかすことができて経済的……という理由で選ばれ、一般家庭での電気ケトルの所有者は43%というデータもあります。ところが、それに伴い、電気ケトルによるやけども多発しています。インターネットで「電気ケトル やけど」と検索すると、目を覆いたくなるような写真がたくさん出てきます。

11か月女児が電気ケトルを倒して顔から胸に…熱湯でやけど 皮膚移植重ね、機能障害が残ることも

イラスト:高橋まや

傷痕を見るたびに心を痛めることに

事例1:2010年10月。11か月女児。伝い歩きができるが、ハイハイで移動することが多い。母親は、常時、電気ケトルを床の上に置いて使用していた。午後10時半ごろ、母親は自宅の居間にいなかったため、具体的な発生状況は不明であるが、激しい泣き声に気づいて居間に戻ったところ、電気ケトルが横たわっており、熱湯がたまった中に女児が腹ばいになっていた。すぐに浴室に連れて行き、シャワーで患部に冷水をかけ、約5分後に救急車を要請した。右顔面、両側の上肢、前胸部に2~3度のやけどを負い、範囲は体表の約25%であった。約2か月間入院した。入院費用は501万円であった。受傷の1か月後には左の手のひらへ皮膚移植を行い、その後も左手の機能障害に対しリハビリを行っている。さらに外科的処置が必要になると想定されている。

 ハイハイしていて電気ケトルにぶつかり、倒れて中の熱湯がこぼれ出て広がり、子どものおなか全体が熱湯に浸った状態が続いたため、重症の熱傷になってしまいました。

 日本小児科学会ホームページの傷害速報欄で類似例を見ただけでも、電気ケトルによるやけどは起こり続けています。

  • 1歳0か月女児。2013年10月、2度、体表の20%
  • 8か月女児。2020年9月、2度、体表の10~15%
  • 8か月女児、2021年1月、2度、体表の5%

 お湯が入っている量が少ないと電気ケトルは軽く、乳幼児の力でも簡単に倒れてしまいます。お湯の注ぎ口が大きいため、熱湯が一気に流れ出ます。満水目盛り以上のお湯をわかすと、注ぎ口から湯が噴き出すこともあります。すぐに熱湯になるので、保護者がちょっと離れた間に、子どもが触れてやけどをしてしまいます。

 やけどを負うと、本人は、何度も植皮手術を受けねばならないなど、何年にもわたって治療が必要となり、多額の医療費がかかります。時には、指が十分に伸びないなどの機能障害が残ってしまい、傷痕は消えません。保護者は、傷痕を見るたびに負い目を感じ、心を痛めることになります。

実験では7社の電気ケトルすべてが転倒

 電気ケトルによる重症のやけどが多発しているため、ある小児科医が、「何とか対策をしてほしい」と考え、メーカーに電話しました。しかし、対応してくれる部署がわからず、電話は最終的に「お客様苦情相談室」に回されました。その担当者に重症のやけどが多発していることを訴えたところ、「うちの電気ケトルは倒れません。取扱説明書には、やけどする危険性が指摘されています。うちの製品だけではなく、他社も同じ構造です。やけどしたのは消費者の責任」という回答だったとのこと。仕方がないので、外来の壁に「電気ケトルは危険です」と書いた紙を貼って、保護者に注意喚起しているという話を聞きました。

 そんな対応では予防につながらないので、産業技術総合研究所で検証してみることにしました。直径20センチくらいのボールの中にセンサーを入れ、そのボールを上からつるしました。ハイハイする10か月児を誘導して、センサーの入ったボールにぶつかってもらい、どれくらいの力がかかるかを計測しました。その結果、133ニュートン(約13キロ・グラム)の力がかかることがわかりました。そして、7社の電気ケトルに水を入れて床上に置き、133ニュートンの力をかけました。その結果、すべての電気ケトルが転倒しました。また、色をつけた水を電気ケトルに入れ、転倒してこぼれた水の広がりの速さと面積についても計測しました。体表の10%以上をやけどすると入院が必要になりますが、お湯の注ぎ口が大きなタイプでは、わずか5秒で入院が必要になるほど水が広がりました。この結果はテレビニュースで放送してもらいました。(2012年10月22日)。

 そのころ、すでに一部の電気ケトルには、湯漏れ防止機能がつけられて販売されていました。その電気ケトルを使用すれば、やけどの頻度や重症度は軽減することができるのです。

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山中 龍宏(やまなか・たつひろ)

 小児科医歴45年。1985年9月、プールの排水口に吸い込まれた中学2年女児を看取みとったことから事故予防に取り組み始めた。現在、緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。NPO法人Safe Kids Japan理事長。キッズデザイン賞副審査委員長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員も務める。

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