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武井明「思春期外来の窓から」

 揺れ動く思春期の子どもたち。そのこころの中には、どんな葛藤や悩みが渦巻いているのか――。大人たちの誰もが経験した「10代」なのに、彼らの声を受け止め、抱えている問題を理解するのは簡単ではありません。今を懸命に生きている子どもたちに寄り添い続ける精神科医・武井明さんが、世代の段差に橋をかけます。

妊娠・育児・性の悩み

突然、歩けなくなった中2女子 体に異常はなく…「父親に言われた通りに生きてきた」

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 この冬は例年になく大雪で、普段、積雪に慣れていない方には大変な冬だったのではないでしょうか。雪がたくさん積もることは、一般的にあまり歓迎されませんが、思春期外来から見ると、雪が積もることで子どもたちとその家族に変化が起きることがあります。今回は、そのような事例をご紹介します。

突然、足に力が入らなくなって…

突然、歩けなくなった中2女子 体に異常はなく…「父親に言われた通りに生きてきた」

 彩香さん(仮名)は、「歩けない」ということで思春期外来を受診した女子中学生です。

 漁師のお父さん、水産加工場勤務のお母さん、それに弟さん2人がいます。お父さんは漁に出て何日も家に帰らないことがあります。お母さんも毎日、工場勤務で、夜勤の日もあります。家族みんながそろうことは、本当に少なかったようです。

 彩香さんは、幼稚園時代からずっと手のかからない子で、弟さんたちの世話もよくしていました。小学校に入学してからは勉強熱心なまじめな子で、成績もいつも優秀でした。中学校では卓球部に入部し、練習に熱心に励みました。中学2年の後半には、顧問の推薦で部長になりました。

 ところが、その年の9月になって、彩香さんは突然、下肢に力が入らなくなり、歩けなくなりました。そのため、近くの総合病院の小児科、整形外科、神経内科で検査を受けましたが、異常は認められず、精神的なものと言われました。近くには子どもを診てくれる精神科がないため、遠方にある思春期外来を受診しました。

神経や筋肉には異常がなく

 初診時の彩香さんは、お母さんに車椅子を押されて診察室に入ってきました。両方の下肢の脱力感を訴え、歩くことができませんでした。しかし、彩香さん自身は、歩けないという症状を、それほど深刻に悩んでいるようには見えませんでした。主治医からの質問には、ときおり笑顔を交え、ハキハキと答えてくれました。

 神経や筋肉の異常がないことから、精神的な原因やストレスで歩けなくなる解離性障害が考えられました。通院は、お母さんが車を運転し、片道5時間かかる道のりですが、1か月に1度の割合で通院してもらうことにしました。

 通院を始めても、下肢の脱力はなかなか改善しませんでした。学校でも車椅子を使用しており、同級生が押してくれるということでした。

 2か月後、診察室での彩香さんは、

 「今までお父さんに言われた通り、勉強も部活もがんばってきました。でも、卓球部の部長になってから、部員をまとめることができなくなり、苦しくてしかたありませんでした。お母さんに話すとお父さんにも知られてしまうので、だれにも相談できないままでいました」

 と泣きながら話すようになりました。

病院へ向かう車の中で

 その年の11月、雪が積もるようになってからは、お父さんが仕事を休んで車を運転し、彩香さんとお母さんとともに病院を訪れるようになりました。

 車の中では、家でほとんど話をしない彩香さんが、学校のこと、大好きな韓国のグループのこと、ペットのトリマーになりたいことなどを、お父さんやお母さんとよく話すようになりました。

 お父さんによると、漁で家を空けることが多かったので、それまでは彩香さんと話をする機会がほとんどなかったということです。彩香さんとたまに顔を合わせた時には、「勉強したのか」「いい高校に入るんだぞ」「音楽ばかり聴くな」ということを、命令口調で一方的に言っていたそうです。彩香さんの気持ちや考えを聞くことはなく、お父さん自身の考えを伝えて終わるような会話だったということです。

 診察に同席したお父さんは、

 「冬場になって一緒に通院するようになり、彩香と一緒にいる時間が増え、話をすることも多くなりました。以前は仕事で余裕がなく、何でもかんでも彩香に自分の考えを押し付けてきたような気がします。今は、少しだけ娘の話を聞けるようになりました」

 と述べました。

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武井 明(たけい・あきら)

 1960年、北海道倶知安町生まれ。旭川医科大学大学院修了。精神科医。市立旭川病院精神神経科診療部長。思春期外来を長年にわたって担当。2009年、日本箱庭療法学会河合隼雄賞受賞。著書に「子どもたちのビミョーな本音」「ビミョーな子どもたち 精神科思春期外来」(いずれも日本評論社)など。

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