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武井明「思春期外来の窓から」

医療・健康・介護のコラム

突然、歩けなくなった中2女子 体に異常はなく…「父親に言われた通りに生きてきた」

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「本当は高校へ行きたくないんです」

 中学2年の冬休み明けから、彩香さんの下肢の脱力はなくなり、しっかりと歩けるようになりました。このころになると、車椅子を使わず、自分で歩いて診察室に入ってくるようになりました。

 「本当は高校へ行きたくないんです。お父さんからいい学校に入れと言われ、がんばって勉強してきました。でも今は、中学校を卒業したら働きたいんです」

 と、自分の意見をはっきり述べました。

 お父さんは驚いたようですが、彩香さんの気持ちを大事にすることにしました。

 その後、彩香さんは、全日制高校には進学せず、通信制高校に進み、コンビニのアルバイトを始めました。

 「今までは、親に言われていた通りに生きてきましたが、今は違います。誰かの命令で動いているのではなく、自分で生きているという感じが強いんです。誰の人生でもなく、私の人生なのだから」

 高校卒業後は、昔からあこがれていた動物のトリマーの専門学校に進学しました。

通院は単なる病院への道のりではない

 雪が積もってから、彩香さんは、お父さんの運転する車で通院するようになりましたが、この通院する道のりが、親子にはとても意味のあるものになったようです。片道5時間も親子で車の中にいることは、普段は忙しくしている両親、なかでもお父さんと長く一緒にいられる貴重な時間になったわけです。彩香さんは、この時だけは両親を独り占めできて、さまざまな話をしながら通院してきました。こうした診察室外での親子のやり取りが、症状の改善に大きな影響を与えたと考えられます。

 親子の会話は大切だとよく言われます。でも実際は、お父さんもお母さんも仕事や家事で忙しく、一方、子どもたちも部活、塾や習い事などで忙しい毎日を送っています。そんな親子が時間を十分にとってともに過ごすということは、普段の生活ではなかなか困難なのかもしれません。

 そのような状況での通院は、単なる病院に向かう道のりではなく、「どんな話が交わされ、どんな思いを共有しながら病院に向かうのか」という大切な時間になります。

子どもと一緒にいる時間を大切に

 親子であっても(親子だからかもしれませんが)、面と向かうと、なかなか思ったことが言えないものです。でも、彩香さんのお父さんがハンドルを握りながら話したように、何かをしながら話をするほうが、普段言えないことを素直に言えたり、感情的にならずに言えたりするような気がします。

 家から遠い病院に通院したほうがよいと言っているのではありません。「子どもたちと一緒にいる時間をいかに大切にするか」が重要なのですから、それは家にいる時でも、家族で遊びに出かける時でもいいわけです。親のほうが、主治医よりも子どもたちと一緒にいる時間がはるかに長く、親からの影響を無視して思春期外来での治療は成り立たないのです。(武井明 精神科医)

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武井 明(たけい・あきら)

 1960年、北海道倶知安町生まれ。旭川医科大学大学院修了。精神科医。市立旭川病院精神神経科診療部長。思春期外来を長年にわたって担当。2009年、日本箱庭療法学会河合隼雄賞受賞。著書に「子どもたちのビミョーな本音」「ビミョーな子どもたち 精神科思春期外来」(いずれも日本評論社)など。

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