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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

乳がん脳転移で余命3か月の30代女性 「オムツにばかりしていたらダメ」と叱咤する夫の秘めた思い

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たくさん食べれば長く一緒にいられるから…

 受け持ち看護師は、夫に「少し面会室でお話をしませんか」と声をかけました。

 「毎日の付き添い、奥さまにとって支えになりますね。眠れないことがあると聞いたのですが、その後、眠れてますか」

 とねぎらいながらたずねると、夫は、

 「夜、家に一人でいると、これからずっと一人になるのだと思って……。そうなると眠れないし、食べたくなくなるんです」

 と明かしました。

 「つらいですね……。奥さまのトイレ移動やお食事のこと、とても大事にされているのですね。これまでもそうだったんですか」

 「妻はもともとよく食べるし、活動的な人なんです。リハビリの訓練もしているし、もっと体を動かせば、たくさん食べれば長く一緒にいられるから。それに弱っていく姿を見たくないんです」

 そこで看護師は提案しました。

 「私たちは奥さまの歩くという目標をお手伝いします。リハビリの歩く練習は整った環境で行いますが、トイレへの歩行では、トイレ内が狭かったり、体を支えにくかったりして、体力が消耗してしまうこともあります。奥さまの体力をできるだけ温存するために、トイレまで歩くということと、リハビリの歩く練習とは、分けて考えるのはどうでしょう。トイレ移動は負担のないよう車いすを使うこともできます」

 夫は少し考え、

 「そうですね。分かりました。でも、本人がトイレに行きたいという時はお手数ですが、連れて行ってやってください」

 と言ったそうです。

「家族の形を変えようとしていた」という気づき

 この看護師は、カンファレンスで先輩から「家族の形はいろいろある」と言われ、自分が「家族の形を変えようとしていた」ことに気づかされたといいます。家族には長年培ってきた関係性があります。何を大切にしてきたのか、したいのかは、必ずしも言葉で表現できるものばかりではありませんが、先輩看護師が提案した「なぜトイレへの歩行や食事にこだわるのかを、ていねいに紐解くようなアプローチ」は、家族の形を知る手がかりになりました。

 また、看護師は「転んでしまってご主人に何を言われるかわからないです」という困りごとも表現しています。この場合は必ずしもそうではないですが、看護する側が「困っている自分」を中心に考えてしまうこともあります。そのようなときは、何が患者さんにとってよいことなのか、という視点を欠いてしまいがちです。看護師が困っていることと、患者さんにとって困ったことは、どういう関連にあるのか、見極めることも大事です。(鶴若麻理 聖路加国際大教授)

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tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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