楢戸ひかる「シニアライフの羅針盤」
医療・健康・介護のコラム
「お城」もあれば「大工部屋」も 世界の介護施設を知るジャーナリストに聞く…「日本の介護」の未来は?
「もし、(介護先進国の)北欧に住んでいたら、老後の心配なんてないのに……」。そう考えたことはありませんか? 私は、あります。「海外の高齢者施設って、どんな感じなのだろう?」という素朴な疑問を、介護に詳しいジャーナリストに質問してきました。
海外9か国のユニークな介護施設を取材
お話を伺ったのは、社会福祉士の資格を持ち、介護現場の勤務経験もある殿井悠子さんです。雑誌「クロワッサン」の『介護の「困った」が消える本。』や『終活読本。』を編集するなど介護に詳しいジャーナリスト。9か国のユニークな介護施設を取材した知見について、東京大学で講演したこともあるそうです。
百聞は一見に 如 かず。殿井さんに見せていただいた写真とともに、話を進めましょう。
スウェーデン わが家のような施設
――「北欧の介護」に関心があります!
殿井: 写真は、スウェーデンのヨーテボリ市から委託を受けた団体が運営する施設です。ヨーテボリ市に税金を納めている人が入居することができ、ケア料金の約95%が税金で賄われています。
――お部屋が個人の家のようです。
殿井: この施設では、「してあげる介護」から「させていただく介護」へ、ハード面から改革にトライしました。その一環で、「家のような空間づくり」をすることで、スタッフには「職場ではなく入居者の自宅におじゃまする」という意識が生まれるようになったそうです。
全居室の入り口にはiPadが設置され、スタッフは服薬や入居者の状態をデータで一括管理するなど、効率的なケアの仕組みづくりにも取り組みました。ハード面を改革することで、職員の意識やケアの効率性に変化が出たそうです。
――やっぱり、すてきですね!
殿井: スウェーデンは、世界的な介護先進国と言われていますから、注目すべき様々な取り組みをしています。ただ、「高福祉だが高負担の国」という現実もあります。必要なら手厚い介護を受けることができますが、その分、生涯を通じて収入の半分近くを税金として支払う必要があるため、「貯蓄ができない国」という声も聞きます。
オーストラリアの施設に「大工部屋」
――取材して印象に残っている国はありますか?
殿井: どの国の施設もユニークでしたが、強いてあげるなら、オーストラリアの大工部屋でしょうか。オーストラリアは、家の修理や庭の手入れを自分たちでする習慣があるせいか、大工仕事ができる部屋がある高齢者施設があったんです。
日本の介護施設に暮らす男性からは、「居場所がない」という声を聞きます。男性が楽しむメニューが充実している施設に設置されていた大工部屋は、日曜大工が当たり前のオーストラリアらしいなと思いました。
――お国柄ってあるんですね。
殿井: はい。オーストラリアでは、キリスト教団体による終末期医療の長い歴史もあり、1980年頃からホスピス設立の気運が高まりました。
下の写真は、医師であり牧師でもあるイアンさん夫婦が運営する「ホープウェルホスピス」です。全8室は全て個室タイプで、入居費用は400豪ドル(約3万5000円)から。ベッド利用料(食費など含む)は1日約550豪ドル(約4万9000円)で、入居時の基本条件は、「これらの費用を政府の援助と個人保険で賄えること」と「専門医から余命3か月以内という診断書があること」でした。(金額は全て殿井さん取材記事掲載時)
――写真から、家庭的な雰囲気を感じます。
殿井: この施設は、病院のチャペルで働いていたイアンさんの妻が、訪れる患者さんの「家に帰れない」「一人で寂しい」という訴えに胸を痛め、そういう人たちのために家族のような場所を作りたいと、ご夫妻で立ち上げたんです。
「住人はみんな私たちの家族。一番大切にしている思いです。本来、死とは、生きていれば自然に迎えるもの。それ自体には痛みや恐怖はないのです。映画やドラマの中で表現されがちな『死ぬことは痛くて怖いもの』という死に対する負のイメージを変えていくことが、私たちの務めです」と、イアンさんはおっしゃっていました。
――死と向き合うサポートをしてもらえるのは羨ましい。オーストラリアもいいですね。
殿井: オーストラリアの社会保障制度は「中福祉・中負担」で、前述の北欧に代表されるヨーロッパとアメリカの折衷型介護制度なんです。
アメリカは、「低福祉・低負担」の代表国です。医療や介護は国の責任ではなく個人の責任とされ、医療・介護制度は原則、自己責任・自己負担。「アメリカでは、おちおち病気もできない」という話を耳にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
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