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「神様、ママの耳を治して。お話ししたい」長女の日記で前を向いた…33歳で聴覚失った女性

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 コロナ下で迎えた2度目の年末年始。みなさんは、どのように過ごしましたか。

 私は3人の子どもを連れて、兵庫県北部の夫の実家を訪ねました。2年ぶりの本格的な帰省。義父母との雪遊びにはしゃぐ3人の姿や、成長を喜ぶ義父母の言葉に、温かい気持ちになりました。感染に気を使いながらの日常にはストレスもありますが、みんなの笑顔を励みに頑張ろうと思います。

 つらいこと、悲しいことをのみ込んで、どう前向きに人生と向き合うか――。コロナ禍で直面する機会が増えた、そうした悩みを解決する糸口は身近にあると実感する出会いが昨年末にありました。その女性のことを、年の初めに紹介したいと思います。

「聞こえない人生」楽しむ

中途失聴者としての体験を語る宇田さん。「聞こえない人生を満喫したい」と前向きだ(昨年12月、大阪市城東区で)

 大阪市城東区の宇田二三子さん(74)。看護師だった30歳前後から原因不明の難聴が進行し、33歳で聴覚を失います。大好きだった仕事は辞めざるを得ず、自宅に閉じこもりました。3人の娘や夫とのコミュニケーションも難しく、「生きていても仕方ない」とまで思い詰めたそうです。

 「神様、ママの耳を治して。お話ししたい」。偶然、中学1年の長女の日記を目にしたことが転機になりました。「自分だけが苦しいと思っていた。でも、母親に何も聞いてもらえない子どもはもっとつらい」。精いっぱい生きようと決意します。中途失聴になって2年後のことです。

 翌年、障害者雇用枠で生命保険会社に就職します。しかし、目の前の電話が鳴ってもわからず、同僚の話の輪にも入れない。情けなさを押し殺して明るく振る舞ったものの、もどかしさが募り、4年半で退職しました。

 会話の内容を、その場で手書きやパソコンの文字で表示してくれる要約筆記と出会ったのは、そんな時でした。

 友人の誘いで参加した福祉大会。難聴の登壇者が生き生きと議論し、そのやり取りの内容は要約筆記で同時にスクリーンに映し出されました。「聞こえなくても、豊かなコミュニケーションができる。私が求めていたものだ」

 現在のNPO法人「大阪市難聴者・中途失聴者協会」に入会し、要約筆記者の支えで多くの仲間ができました。1990年の花の万博でボランティアを務めたり、44歳から私立大の通信課程で福祉を学んだり……。前向きさを取り戻せた感謝を胸に、その後は要約筆記者の養成や派遣に尽くしてきました。

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 宇田さんとの出会いは、社会部への LINEライン がきっかけでした。その中で、2月13日に京都市である難聴者や中途失聴者ら向けのイベント「きこえの懇談会」をPRする動画(https://sites.google.com/view/kikoe-kondan/)が案内されていました。

 「障害を持つのはつらい。でも、障害を持ったから知ることも多い。自分と向き合い、家族や人を大切にできた。苦しみや悲しみを感じながら、楽しみもいっぱい見つけて生きています」。約2時間の動画には、宇田さんの力強い言葉が詰まっています。

 また新型コロナウイルスの感染が広がり、人と会う機会も限られそうです。難聴や失聴の方だけでなく、人生の先輩の話を聞きたいと思った方は、ぜひご覧ください。

今回の担当は

 生田ちひろ(いくた・ちひろ) 幅広いテーマを扱う「遊軍」担当。障害者や困難を抱えた若者らの取材を続けてきた。41歳。

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 〒530・8551(住所不要)読売新聞大阪本社社会部「言わせて」係

 iwasete@yomiuri.com

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