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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

医療・健康・介護のコラム

扉の前で座り込んでうなだれる、不思議な光景がまた始まり…なぜ「文福」は入居者の“看取り活動”を行うのか?

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扉の前で座り込んでうなだれる、不思議な光景がまた始まり…なぜ「文福」は入居者の“看取り活動”を行うのか?

文福には入居者への思いがあるのか

 ペットと暮らせる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」。ホームの飼い犬「 文福(ぶんぷく) 」(元保護犬、中型の雑種、推定12~13歳)は、犬と入居できるユニットで一緒に暮らしている入居者の最期を“ 看取(みと) る”活動をします。

 ユニットとは、入居者の個室10室、キッチン、リビング、3か所のトイレ、風呂、脱衣室で構成された区画です。玄関もある独立した構造で、いわば10LDKのマンションのようなものです。

 ある入居者が間もなく亡くなるという状況を自分なりに察知したのか、文福は、その方の居室の扉の前に座り込んでうなだれます。自分で扉を開けられる文福は、普段は全ての入居者の居室に自由に出入りしていますが、この時ばかりは居室の中に入ろうとしません。ご飯をもらう時や、夜、自分のケージで寝る時以外、ずっと扉の前で座り込んでいます。

 そして数時間から1日後、居室の中に入ると、ベッドの脇に座って、入居者の方の顔を見つめるような行動に移ります。さらにその数時間後、ベッドに上がって、入居者に寄り添って、最期を看取ります。

 この看取り活動は、私たちが教えたわけでも、命じたわけでもありません。教えようもありません。科学的に説明することは難しいのですが、気が付いたら、するようになっていたのです。

 犬に高齢者の看取りをさせるのはかわいそうではないか、という意見をよく頂きます。また、文福のメンタルを心配してくださる人も多くいます。私たちも文福のメンタル面でのダメージは心配なのですが、看取り活動をやめさせることはできません。活動を始めた段階でケージに閉じ込めてしまえば、やめさせることは可能ですが、ユニット内で基本的に自由に暮らしている文福を長時間ケージに閉じ込めてしまえば、その方が、よっぽどメンタル面でのダメージが大きいと思われるのです。

 また、これは私の勝手な思い込みかもしれませんが、文福は入居者の方への思いがあって看取り活動をしていると私は感じています。私たちは文福の思いを尊重して、看取り活動を妨げないようにしようと考えています。

 このように私たちは文福に看取り活動を求めてはいません。看取り活動をあてにしているわけでもないのですが、大いに助けられたことはあります。本橋せつさん(仮名、90歳代女性)が逝去された時のことです。

 「さくらの里山科」では、100人の定員に対し、毎年30人前後の方が亡くなります。これは、特別養護老人ホームとしては普通の水準です。それだけ、非常に高齢で、重度の状態の入居者が多いのです。だから死因の大部分は老衰です。

 老衰でなくなる方の場合、まず物が食べられなくなることが多いのです。次に水が飲めなくなります。何も食べられない、飲めないという状況がしばらく続き、木が枯れるように自然に亡くなっていくという方を私たちは多く見てきました。

 本橋さんも、何も食べられない、飲むこともできないという状態になり、医師は、あと数日だろうと診断しました。ご家族も延命を希望せず、看取り介護態勢が始まりました。看取り介護とは、余命宣告された方の最期の日々を手厚くケアすることです。この段階でも、点滴などの延命措置をすることは可能であり、それを望まれるご家族もいらっしゃいます。延命措置は「さくらの里山科」ではできませんので、療養型病院に転居していただくことになります。

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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