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武井明「思春期外来の窓から」

医療・健康・介護のコラム

「死んでやる」と叫ぶ母から包丁取り上げ…ヤングケアラーの女子中学生「つらいとは思わない」

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 最近、ヤングケアラーという言葉を目にすることが多くなりました。彼らは、子どもでありながら家事、介護、年下のきょうだいの世話などの家族のケアを担う子どもたちです。昔からそのような子どもたちがいたわけですが、残念ながら、多くの大人はその存在に気づいていませんでした。今回は、そんなヤングケアラーの子どもを紹介します。

うつ病の母に代わり、小学生のころから家事

「死んでやる」と叫ぶ母から包丁取り上げ…ヤングケアラーの女子中学生「つらいとは思わない」

 美穂さん(仮名)は、教室で過呼吸を起こして思春期外来を受診した女子中学生です。

 お父さんとお母さんは、美穂さんが2歳の時に離婚しました。その後、お母さんと二人の生活が始まりました。近所にはおばあちゃんが住んでいて、時々、親子の様子を見にきてくれました。

 美穂さんは、小学校時代からおとなしく、まじめな子でした。中学校入学後、放課後はすぐに帰宅していました。中学2年の夏休み明け、教室で突然、過呼吸を起こして倒れました。保健室に運ばれ、保健室の先生に精神科受診を勧められ、おばあちゃんと一緒に思春期外来を訪れました。

 診察室の美穂さんは、質問にはハキハキと答え、「悩みごとはない」と述べていました。学校を休むことがたまにありますが、学校では大きな問題もありませんでした。同伴したおばあちゃんによると、美穂さんのお母さんは離婚後から精神的に不安定となり、うつ病で精神科の治療を受けているということでした。病状が悪化した時には寝たきりの状態になることがあり、美穂さんは小学生のころから、お母さんに代わって家事をしてきました。過呼吸ということで、2週間に1度、おばあちゃんと一緒に通院してもらうことになりました。

「お母さんが目の前で死ぬのではないか」と

 その後の診察でも、美穂さんはつらさを語ることはありませんでした。診察のたびに、主治医とオセロをしています。通院を開始してからも、学校では月に2度ほど過呼吸を起こしていました。

 通院を始めて3か月がたちました。美穂さんは、家での様子を少しずつ語り始めました。

 「私は小学校時代から家の手伝いをしてきました。朝ごはんの準備、食器洗い、掃除、洗濯などです。手伝うのが当たり前だと思っていました。つらいと思うことはありません。手伝いに時間をとられるので、勉強する時間はあまりありません。自分の時間といえば、夜更かしして1時間程度、ゲームを楽しむことぐらいです。放課後や休みの日に友だちと遊びに出ることもないんです。お母さんが病気なのでしかたないと思っています」

 と、淡々と話していました。

 通院を始めて6か月がたちました。この時の診察では、お母さんの病状が悪化した時の様子を語ってくれました。

 「お母さんは、調子が悪くなると『死んでやる』と大声で叫んで、包丁を持ち出すんです。『やめて!』と言いながら、包丁を取り上げたことが何度かあります。すごく怖かった。お母さんが目の前で死ぬのではないかと思いました。そんなことがあると、お母さんを一人にして放っておけません。私が学校を休んでお母さんに付き添っていました。学校の先生から『昨日はどうして休んだの』と聞かれても、『頭が痛くて休みました』と答えていました。先生にお母さんのことを話したことはありません。友だちには少しだけ話したことがありますが、『そうなんだ』と返事をされて終わりました」

 と言いました。さらに、

 「お母さんが包丁を持ち出した場面が頭に浮かんで苦しくなると、過呼吸が起こるんです」

 と話しながら、泣き出しました。

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武井 明(たけい・あきら)

 1960年、北海道倶知安町生まれ。旭川医科大学大学院修了。精神科医。市立旭川病院精神神経科診療部長。思春期外来を長年にわたって担当。2009年、日本箱庭療法学会河合隼雄賞受賞。著書に「子どもたちのビミョーな本音」「ビミョーな子どもたち 精神科思春期外来」(いずれも日本評論社)など。

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