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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

「怖い」「治らない」というイメージだけでなく…子どもたちに考えてほしい「がん」のこと

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「怖い」「治らない」「死んじゃう」ってホントなの? いま子どもたちに知ってほしいこと… 「がん教育」の教壇から

イラスト:さかいゆは

 先日、都内の公立中学校の2年生を対象に、「がん教育」の授業を行いました。実際に教壇に立って、生徒の皆さんに直接語りかけたかったのですが、今回は、新型コロナウイルスの状況を考慮して、リモートで教室の生徒に講義する形となりました。

「過剰なイメージ」に苦しめられる患者も

 「がん教育」は、がん対策基本法にも明記され、文部科学省や都道府県が、その推進のために取り組んでいます。中学校や高等学校の学習指導要領にも記載されていて、教育委員会や学校が、手探りしながら、「がん教育」を始めているところです。がんに携わる医師や、がん体験者を外部講師として招くことが多く、その人材確保も課題とされています。私自身は今回が初めての授業で、がん教育の重要性を実感することができました。これからも、がん教育の普及と充実のために、できる限り協力していきたいと考えています。

 がん教育の必要性は、医療現場でがん患者さんと接する中でも感じていることです。がんについてきちんと考えたことのないまま、突然がん患者になるというのは、大きな混乱をもたらします。過剰なイメージのために、冷静な判断ができなくなってしまう方や、実際の病気以上に、イメージに苦しめられてしまう患者さんもおられます。また、がん患者が特別視され、差別されてしまう現実もあり、この病気に対する社会の理解が不足していると感じることもよくあります。これらを解決するための一つの方法が、がん教育です。子供たちにがんについて知ってもらい、考えてもらうことで、世の中全体のがんへのイメージが変わり、理解が進むのではないかという期待もあります。

「がんに対してのイメージがすごく変わりました」

 今回の授業にあたり、生徒には事前に「がんについてどんなイメージを持っていますか?」という質問に答えてもらいました。回答としては、「怖い」「治らない」「重い病気」「死んじゃう」「痛い」「苦しむ」「治療が大変」などが並んでいました。

 授業は、基本的には、文部科学省の作成した教材に沿って進めるのですが、主に下記のようなお話をしました。

  • がんになるのは特別なことではない(年をとれば誰もががんになりうる)。
  • 予防できるがんもある(たばこは吸っちゃだめ。子宮 (けい) がんを防ぐワクチンがある)。
  • HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の接種については、自分でよく考え、家族とも話し合おう。
  • がんになった原因がはっきりしないことも多い(○○のせいでがんになった、と決めつけない)。
  • がんになっても治せるものは多い(治療には手術と放射線と薬物療法がある)。
  • 治療の副作用対策や心のケアが重要(どんなときにも緩和ケアが必要)。
  • がんが治らなくても自分らしく生きることができる。
  • がんの経過もいろいろ(特定のイメージで見るのはやめよう)。
  • 「がん患者」である前に「一人の人間」(今までどおり、普通に接しよう)。
  • 病気があるかどうかよりも、幸せであるかどうかの方が大事。

 教室で生徒の反応を肌で感じながらの授業ではなかったので、どのくらい伝わったのか、不安もありましたが、生徒の皆さんは、2時間の授業を熱心に聴いてくれていたようです。授業の最後に、びっしりと書いてくれた感想からも、それを読み取ることができました。けっして簡単な話ではなかったはずですが、一人ひとりが、私のしゃべった言葉をきちんと受け止めてくれていて、感激しました。感想の一部を紹介します。

  • がんというものに対して、今まで、「怖い」「絶対治らない」というイメージがとても大きかったのですが、今日の2時間で、がんに対してのイメージがすごく変わりました。
  • 自分の人生にがんは関係ないと思っていましたが、意外と身近なものだということに驚きました。
  • がんというものに対して過剰に思い込みすぎないことが大切だと感じました。また、がんにかかったからといって、人生すべてが終わってしまうのではないということに少し安心しました。
  • 緩和ケアというのも印象に残りました。お医者さんとは違った方法で、家族でも支えられると知り、家族や身近な人ががんになったときは、みんなで支え合いたいと思いました。
  • がんを治すだけでなく、その人を支えることが重要だというのが印象に残りました。
  • がん患者さんと会うとき、特別扱いをするのではなく、いつも通りに接することが大切だとすごく感じました。
  • 「がんは特別で、普通に過ごしていればならないもの」と思ってきましたが、年間38万人もの人が亡くなっていて、原因がはっきりしない場合もあると聞き、驚きました。自分も友人も家族もがんになると思うと不安になりましたが、体のケアも心のケアもしてくれると知り、不安が和らぎました。
  • 病気は人生のほんの一部だということを心得て、幸せを意識していきたいです。
  • お父さんは最近たばこを再び始めたので、今日の講義のことを話したいと思います。

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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