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科学的介護の世界<下>ふらつき、重心…歩く様子からAIが転倒リスク分析
心身が弱った高齢者の介護をする上で心配なのは、けがや事故につながりかねない転倒や 徘徊 などのリスクだ。人工知能(AI)を活用して安全・安心な介護を目指す取り組みが進められている。
■四つの指標で点数化
「左右のバランスが改善しましたよ。引き続きリハビリを頑張りましょう」。東京都渋谷区の「杜の風・上原 特別養護老人ホーム正吉苑」で、理学療法士の田中知尋さん(46)が入居者に声を掛けた。
手元のタブレット端末で確認しているのは歩行解析アプリ「CareWiz(ケアウィズ)トルト」だ。AIを使ったサービスを手がける新興企業の「エクサウィザーズ」(東京都港区)が開発した。
5メートルほどの距離を歩く様子を撮影すると、AIが高齢者の肩や足など13か所を検知し、約2分で動画を分析する。分析結果は、速度、リズム、ふらつき、左右差の四つの指標で点数化。良かった点と改善点やおすすめの運動などを表示する。
この施設では昨年6月に導入。80人の入居者の動画を毎月1回撮影することで、一人ひとりの歩行機能を把握し、入居者本人やスタッフ間で共有できるようになった。「歩き始めるタイミングでバランスを崩しやすいが、歩き出せば自分で歩ける」「左側に重心が傾きやすい」といった具合だ。
入居者には、シートを使って歩行の状態を説明し、「重心に気をつけましょう」などと声を掛ける。
スタッフには「歩き始め」「方向転換時」など、その人が転びやすいタイミングで介助に入るよう注意喚起する。
アプリには動画の共有機能もある。見本の動画を撮影し、「立ち上がる時にひざが開かないよう介助者がひざで挟んで支える」といった介助のポイントをスタッフ同士で共有している。
施設では導入前の2019年に6件あった転倒などの事故を、20年はなくすことができた。田中さんは「AIの分析があることでアドバイスに説得力が増し、リハビリへのやる気にもつながっている」と話す。
■専門職不足補う
エクサウィザーズによると、このアプリは全国の約250施設で導入されているという。
アプリの開発では、約200人の高齢者の歩行中の動画を撮影。ベテラン理学療法士が歩く様子を評価し、その結果をAIが学習して歩行を評価する指標を作った。さらに「歩くリズムが崩れていると転倒の確率が高くなる」といった研究成果も取り入れている。
エクサウィザーズの子会社でケアウィズトルト事業を担当する吉村和也さん(33)は「介護現場では理学療法士など専門職の人材不足が深刻になっている。AIの技術を使えば、少ない人数で、よりよいサービスを提供できるようになる」と話している。
徘徊を検知・連絡見守りカメラ
AIの画像解析で、高齢者の徘徊を検知し、家族に知らせるカメラも広まりつつある。AIの画像解析を手がける「レジットネットワークス」(埼玉県ふじみ野市)が開発した見守りカメラ「ポンパドール」=写真=だ。
高さ約20センチと小型だが、AIを使った画像解析のソフトウェアを内蔵する。肩やひじ、腰などの位置をAIが認識し、人物の動きをカメラで追跡。部屋を出るといった動作を検知した場合、家族のスマートフォンに通知する仕組みだ。通知を受けた家族は、スマートフォンで映像を確認することが出来る。
開発にあたって力を入れたのは、家電のように簡単に利用できるようにすることだ。技術的には顔認証で人物を特定することも可能だが、高度な技術はあえて搭載せず、手軽に使えることを優先した。
電源をつなげば利用でき、レンタル料は月980円(介護保険の適用を受け、1割負担の場合)。インターネットの回線がない場合、別途980円を支払えば、回線工事などせずに使い始めることが可能だ。
さいたま市在住の会社員男性(57)は今年8月、近所に住む両親の家の玄関にポンパドールを設置した。「何かあればアラートが鳴るので常に心配しなくて済むようになった。アラートが鳴れば、スマートフォンですぐに映像を確認できるので安心できる」と話している。
◎この連載は板垣茂良、沼尻知子、小野健太郎が担当しました。
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