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医療・健康・介護のコラム

[歌手 渡瀬マキさん](上)自己肯定感が低い私がなりたい自分を歌ってきた

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 1990年に「今すぐKiss Me」の大ヒットでブレイクしたロックバンドLINDBERG(リンドバーグ)。渡瀬マキさんは元気いっぱいのボーカルとして注目を集めました。子供が生まれてからは、一転して2児の子育てに集中するため専業主婦に。ベストマザー賞に選ばれたこともあります。バンドは解散を経て2014年に再結成。昨年から今年1月にかけて新型コロナ禍の中でなんとか30周年ツアーを敢行しました。芸能活動についてお聞きしました。(聞き手・渡辺勝敏、写真・中山博敬)

松田聖子さんにあこがれてアイドルに

――リンドバーグと言えば、元気なロックバンドという印象ですが、元はアイドルとしてデビューしたんですね。

 中学生のころに松田聖子さんをテレビで見て、歌手になりたいと思いました。手当たり次第に何十枚と履歴書を書いてオーディションに送ったんですが、唯一1次審査に合格したのが、名古屋にある歌の学校。私は三重県の鳥羽市に住んでいて、毎週近鉄特急で名古屋までレッスンに通っていました。しばらくしてその学校が東京でお披露目会のようなものを開いた際に東京のプロダクションに声をかけていただきました。高校3年で転校して東京に来て、17歳の時に「パールモンド・Kiss」という歌で渡瀬麻紀としてデビューしました。

――当時の映像を見ると、ふわふわの衣装を着た、まさにアイドルですね。その後のイメージとは違いますが、しっくりときていましたか。

 曲を作っていただいて、かわいい洋服を着せてもらって、応援してくれる親衛隊の方がいて……。聖子さんに憧れていたので、その時は「やったー、ひとつ夢がかなった」みたいな感じでした。聖子さんの存在に少しだけ近づけたような気持ちでした。

私はポンコツアイドル、自分の言葉で歌いたかった

――1987年のデビューというと、同期には森高千里さん、酒井法子さん、立花理佐さん、畠田理恵さんなどがいますが、アイドル同士で競争心はありましたか。

 全然なかったですね(笑)。皆さんは人気があってかわいくって、到底足元にも及ばない感じだったから、意識するなんていうことはありませんでした。私はポンコツだな~と思っていたし(笑)。自分のことで精いっぱいでした。

――アイドルデビューから2年後にはリンドバーグというバンドとしてデビューしたわけですが、どのようなきっかけでバンドに転身したんですか。

 いい曲を書いていただいて、応援してくださる方もいてアイドルも素晴らしかったんですけど、なんかしっくりこない。自分には合わへんなぁと感じていたんです。でも、何をどうすればいいのか自分ではわからなかった。その気持ちを事務所の社長に正直に話したら、「それならカラオケの伴奏をやめて生バンドにして、デパートの屋上の営業をやめて、ライブハウスにするか」と、なんだか一見安直な感じですが、言われた時は「ああ、いいかもしれない!!」って。それから社長が私のうしろで演奏してくれるバンドを連れてきてくれて、ライブハウスで歌うことになりました。

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