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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

抗がん剤治療を受けるなら「脱毛は仕方ない」のですか?

抗がん剤治療を受けるなら「脱毛は仕方ない」のですか?

イラスト:さかいゆは

 抗がん剤の副作用には様々なものがありますが、多くの患者さんを苦しめているのが、脱毛です。白血球減少や吐き気と並んで、抗がん剤の3大副作用と呼ばれることもあります。命にかかわるような感染症を引き起こす白血球減少、身体的につらい吐き気に対して、脱毛は「精神的につらい」副作用です。

髪の毛が抜ける治療を「当然のこと」とは思えない

 抗がん剤は増殖する細胞に影響しやすく、毛根にある毛母細胞も影響を受けて、脱毛が生じます。がん薬物療法として近年主流になってきた「分子標的治療薬」では脱毛の頻度は少なく、脱毛を経験することなく薬物療法を受けている方も増えてきていますが、従来型の抗がん剤がなくなったわけではなく、標準治療として今も広く使われています。

 私も、数多くの患者さんに、脱毛のある抗がん剤治療を勧めてきました。

 「髪の毛が抜けるのはつらいですが、この治療によって得られるものは、もっと大きいはずですので、乗り切っていきましょう」

 でも、髪の毛が抜ける治療を受けるのが「当然のこと」とは、なかなか思えません。よりよい薬物療法を開発して、「いつの日か、髪の毛の抜けるような抗がん剤がいらなくなるようにしたい」というのが、腫瘍内科医としての私の希望です。何年先になるかはわかりませんが、「昔は、髪の毛が抜けるような薬を使っていたんですよ」「えっ、そんな時代があったんですか」というような会話が交わされる日が来ることを夢見ています。

ウィッグを活用して自然に過ごしている人も

 そんな未来があるとしても、今はまだ、脱毛と治療効果をてんびんにかけて、悩まなければいけない時代です。

 「脱毛があっても、少しでも効果の高い治療を受けたい」という患者さんも多いですが、中には「髪の毛がなければ生きている意味はありません。命が助かるとしても、脱毛するような抗がん剤治療は受けません」というような方もおられます。治療の意味について時間をかけて話し合うのが前提ですが、命よりも髪の毛が大事だと本心で思っている患者さんがいれば、そういう価値観も尊重すべきだと考えています。けっして、「髪の毛なんかどうでもいいでしょう」と言うことはありません。

 脱毛に対して、何も対策がないわけではありません。その一つとして、ウィッグ(かつら)や帽子の工夫があります。ウィッグなどをうまく活用して、普通に生活ができ、普通に仕事ができれば、脱毛の悩みは軽減できるはずです。実際に、脱毛があっても、ウィッグとともに、日常生活を自然に過ごしている方も多く、診察室でお会いするときも、意識しなければ気づかないことがよくあります。中には、ウィッグでイメージチェンジして、おしゃれを楽しんでいる方もいます。

 頭髪だけではなく、眉毛やまつ毛の脱毛もあり、皮膚や爪の色の変化などもあって、抗がん剤による「アピアランス(外見)」の変化というのは、ウィッグだけで解決できるものではありませんが、それぞれの症状に様々な対策が考えられていて、日本がんサポーティブケア学会からは、「がん治療におけるアピアランスケアガイドライン2021年版」も出されています。

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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