文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

抗がん剤治療を受けるなら「脱毛は仕方ない」のですか?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

脱毛を防ぐ「頭皮冷却法」

 ただ、どんなにアピアランスに対するケアを工夫しても、「今までの自分とは違う」「隠さなければいけないものがある」ということ自体が負担になる方もいます。ウィッグの装着も楽なものではなく、「暑い季節などはむれてうっとうしいし、ずれているんじゃないかといつも気になってしまう」という声もよく聞きます。がんであることを周囲に伝えていない方にとっては、病気のことがばれてしまうのではないかという心配も重なります。

 日本では、がんという病気を特別視する風潮があり、過剰なイメージがつきまとい、時に差別されてしまうという悲しい現実もあります。がんであることが自然に受け止められ、アピアランスの変化があっても、自然に接してもらえるような社会であれば、がん患者はもっと過ごしやすくなるのでしょうが、これは、アピアランスケアにとどまらない重要な課題ですので、社会全体で考えていく必要があります。

 脱毛を防ぐための方法も確立しつつあります。抗がん剤の点滴投与中に頭皮を冷やすことで、抗がん剤が毛母細胞に到達しにくくなり、脱毛を防げるとされていて、これまで、様々な冷却方法が試みられてきました。以前は頭皮全体の確実な冷却を維持するのが難しく、効果を示すことができていませんでしたが、近年開発された頭皮冷却装置は臨床試験で有効性を示すようになり、日本でも2019年以降、複数の頭皮冷却装置が医療機器としての承認を受けています。早期乳がんの女性を対象とした臨床試験では、通常、全例で脱毛が生じてしまう抗がん剤を用いても、頭皮冷却を行うことで、半数程度の患者さんの脱毛を防ぐことができたと報告されています。

 ただ、これらの頭皮冷却装置は、医療機器として承認されていても、保険診療として使えるわけではなく、実際に使用できる医療機関もごく少数に限られているのが現状です。がん研有明病院でも、まだ導入できていません。この医療機器を広く普及させるためには、「脱毛予防のための頭皮冷却法」を保険適用とする必要があり、日本乳 (がん) 学会や日本臨床腫瘍学会などが保険適用へ向けた要望を出しているところですが、かなりハードルは高そうです。

 患者さんにアンケートをとってみると、脱毛予防への期待は高く、大きな需要があるのは間違いありません。また、脱毛予防ができれば、脱毛によって生じている経済損失を回復させることにもつながり、個々の患者さんだけでなく、社会全体でもプラスに働くことが期待できます。

保険適用へ向けて患者さんとともに

 私は、頭皮冷却装置が日本で初めて承認されることになった、19年3月の厚生労働省の審議会(医療機器・体外診断薬部会)に参考人として出席したのですが、そのときの発言が議事録で公開されていますので、一部を紹介します(文章は修正しています)。

 「私は腫瘍内科医として、近い将来、脱毛のない時代を作りたい、がん患者さんが脱毛で苦しむことがない時代を作りたいということで、一つは脱毛のない薬物療法を作っていくのも使命と思っておりますが、現状では脱毛が避けられない中で、ぎりぎりの思いで抗がん剤を使っているというのが現場の感覚です。抗がん剤を使いながらも脱毛を避けることができれば、多くの患者さんにとって、よりベネフィットを高めることができ、福音となります。頭皮冷却装置を必要としている患者さんがいるというのは、現場でひしひしと感じているところです」

 今後は、学会からだけでなく、患者さん自身からも声をあげていただき、保険適用へ向けてともに働きかけていけたら、と思っています。(高野利実 がん研有明病院乳腺内科部長)

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

takano-toshimi03_prof

高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」の一覧を見る

最新記事