森本昌宏「痛みの医学事典」
頭痛、腰痛、膝の痛み……日々悩まされている症状はありませんか? 放っておけば、自分がつらいだけでなく、周囲の人まで憂鬱にしてしまいます。それだけでなく、痛みの根っこには、深刻な病が潜んでいることも。正しい知識で症状と向き合えるよう、痛み治療の専門家、森本昌宏さんがアドバイスします。
医療・健康・介護のコラム
「五十肩」と思っていたら…自然には治らない痛み 疾患が潜むことも
Hさん(48歳、男性)は「夜に寝とっても右肩が痛とて、寝返りも打てないんですわ」として私の外来を受診された。ゴルフが大好きで、週に1回は必ずコースに出て、その腕前はシングルとのことであった。「なんとかクラブは振れるんやけど、最近のスコアはさんざんですねん」と付け加えられた。
まずは肩関節の可動域(動かせる範囲)を確認することから診察を開始したが、なるほど、左肩関節に比べて、右の可動域は著しく制限されていたのである。Hさんには右肩関節のMRI(磁気共鳴画像)撮影の予約をとり、近所の方から教えられたとする“アイロン体操”を中止するように説明した。
靭帯による補強が極めて弱い関節
さて、ひとくちで肩関節とは言っても、肩には5つの関節があるのだ。それぞれの関節は、肩甲骨、上腕骨、鎖骨と呼ばれる3つの骨をつないでいる。肩甲上腕関節(“狭い意味での肩関節”であり、肩甲骨と上腕骨頭との間にある)、 肩鎖 関節(肩甲骨の肩峰と鎖骨の間)、胸鎖関節(胸骨と鎖骨の間)、 肩峰下 関節(肩甲骨の肩峰の下にあり、第2肩関節とも呼ばれている)、肩甲胸郭関節(肩甲骨と肋骨の間)に分けられる。これら5つから構成されている“広い意味での肩関節”は、体中に存在する多くの関節なかで最大の可動域を有している。しかし、他の関節に比べると 靭帯 による補強が極めて弱いので、その代りを筋肉が補強している、という特徴を持っているのだ。
したがって、加齢による劣化やケガ、長年の使い過ぎなどによって、容易に関節周囲に痛みを生じる。これらのうちで原因が明らかでないものは「五十肩」として広く知られているが、その他にも「 腱板 断裂」、「インピンジメント症候群」、「石灰沈着性腱板炎」なども多く発生している。これらでは五十肩とは異なって、画像診断などで明らかな異常があり、近所のおばちゃんが言うように「ほっとけば治るで」とはならないのだ。
腱板断裂…動かそうとした「瞬間」に痛み
上腕骨頭を前、上、後方から覆っている4つの筋肉(肩甲下筋、 棘 上筋、棘下筋、 小円 筋)の腱は合体して1つの腱になるが、この部分を「腱板」と呼ぶ。4つの筋肉は基本的には肩を回旋させる役割を担っているが、運動時に磨耗、損傷を受けやすく、断裂に至るのである。なお、この場合の痛みは、断裂そのものではなく、二次的に生じる「肩峰下 滑液包炎 」(関節を包んで粘り気のある液を分泌している袋の炎症)によるものであり、腕を動かそうとした瞬間や、夜間に患部の側を下にして寝ている時に痛みが強くなる。断裂したところが硬くなると、「コクッ」とした音が鳴る。MRIや超音波が診断に有用だ。
ペインクリニックでは、鎮痛薬の処方に加えて、関節内へのヒアルロン酸ナトリウムや局所麻酔薬の注入、肩甲上神経ブロックなどの治療を行っている。しかし、若く、よく動き回られる方で、筋力低下が起こっている場合には完全断裂となっていることがあり、整形外科での鏡視下縫合術(関節鏡を用いた手術)を選択すべきである。
Hさんは、MRIで腱板に部分断裂があることが判明した。週1回の関節内注入と肩甲上神経ブロックを計5回行い、原則その間は安静を守ること(ゴルフは我慢ですよ)とした。その結果、5週間後には「夜間の痛みがなくなり」、その後「スコアが徐々に持ち直した」とのことである。
1 / 2
【関連記事】
※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。
※個人情報は書き込まないでください。