備える終活
医療・健康・介護のコラム
「自然死させてください」父が記した言葉…終末期医療へ「リビングウィル」 残すなら元気なうちに
「死期が迫り、苦痛を訴える力もうせた状態になりましたら、延命処置をせず、自然死させてください」
札幌市在住の熊谷幸恵さん(56)の父親が2017年に記した文書には、終末期の医療の希望が明記されていた。そして20年7月、父親が重度の認知症を抱えて江別すずらん病院(北海道江別市)に入院した際、この文書が病院に提出された。
医療現場では技術の進歩で、自力で呼吸や食事ができなくなっても、人工呼吸器で体内に酸素を送り込んだり、腹部に穴を開けて管から栄養を胃の中へ入れたりする「延命処置」が行われている。ただ、本人が望んでいるかどうか、わからないまま行われることも多い。
父親は11月になると食べる量が減って終末期に入り、家族は担当の宮本礼子医師と今後の栄養について話し合った。その結果、本人の意思を尊重して、点滴や、鼻や胃に入れた管から栄養を送る延命処置は行われなかった。そして今年1月、熊谷さんに見守られ、父親は穏やかな表情で亡くなった。
このように終末期の医療の希望について、判断能力があるうちに、自分の考えを記しておく文書は「リビングウィル」と呼ばれる。熊谷さんの父親は、自分自身の「死に方」について、日頃からよく話していた。そのため、熊谷さんがリビングウィルに記載された意思を知った時に、驚きはなかったという。そして本人の意思を尊重したことで「よい死に方ができた」と納得しているという。
法的効力なし
ただ、リビングウィルの普及について、日本尊厳死協会北海道支部長でもある宮本医師は「患者側から提出されることはまだとても少ない」と話す。
リビングウィルがないと、家族や医師は、延命を行うべきかどうかで迷う。そのため「少しでも長く生きてほしい」と、延命処置を選ぶ家族が多くなる。
数多くの患者の終末期に立ち会ってきた江別すずらん病院の小野寺亮太・主任看護師は「まだ元気だと思っているうちに認知症になってしまい、リビングウィルを残す機会を逃してしまう人も多い」と指摘する。死期は突然ふりかかることもある。望む形で迎えたいなら「縁起でもない」「まだ先のこと」と思わず、早めに取り組みたい。日本尊厳死協会などが、文例を紹介しているので参考になる。
ただ、リビングウィルには法的効力はなく、最終的な終末期医療の判断は、家族や医師に委ねられる。事前に自分の希望を話し、理解してもらうことも大事だ。厚生労働省も終末期医療について、本人が家族や医療・ケアチームと話し合う「人生会議」の普及を促している。(栗原守)
話し合い、考え共有が大事
終末期の医療やリビングウィルについて、日本臨床内科医会の近藤彰副会長=写真=に聞いた。
地域の「かかりつけ医」として、人生の最期まで支え続ける医療活動を目指す日本臨床内科医会として、独自に「私のリビングウィル」という冊子を作成して啓発活動をしています。リビングウィルを通じて患者の生きがいのある生、尊厳ある死についての考えを、共有していきたいと考えています。
医療技術の発達により、人の死期は少しずつ先送りできるようになっています。しかし、判断力が衰えていく中で、回復の希望がない延命処置を避けたいという人が、多くを占めるようになっています。
そこで本人の意思決定能力があるうちに、家族と医療・介護従事者を交えて話し合い、考えを共有することが大事です。本人の価値観、死生観などを共有できれば、本人に意思疎通の能力がなくなっても、家族や医師が迷うことなく終末期の対応ができます。
話し合いの中で意見が変わっても構いません。リビングウィルは何回でも書き直しできます。最大限の延命処置を望むという結論でも問題ありません。
穏やかな表情で、望む形で臨終を迎えてもらうために、リビングウィルは大事な選択肢だと思います。(談)
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