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認知症になると不動産の売買は難しく…必要な「意思表示」 介護費用捻出に困る家族も
認知症の人が所有する不動産の取引で、家族が困惑するケースが増えている。認知症で判断能力が失われると、不動産の売買は難しくなることが十分に周知されていないためだ。問題に直面した家族を訪ね、課題と対応策を探った。(沼尻知子)
京都府内に住む40歳代の女性は、認知症の母が介護施設に入居後、空室になったマンションを貸し出そうとした。母親以外に住む人はいないのに、固定資産税や管理費などで年二十数万円の費用がかかるためだ。
家賃収入が得られれば、母親の財産を減らさずに済むと考えたが、相談した行政書士から「本人の意思が確認できなければ難しい」と言われ、断念した。
母親が亡くなり、相続後に売却するまでの約4年間、固定資産税や管理費は母親の預金を取り崩して支払った。「誰も住んでいない部屋に費用だけがかかるのがバカらしかった」と振り返る。
■意思表示が必要
不動産を所有する本人が意思を示せなければ、売買や賃貸の契約はできない。契約の内容を理解できない状態で交わした契約は民法で無効とされているためだ。
こうしたルールは、悪質商法などから認知症の高齢者の資産を守るためのものだ。資産価値が大きな不動産の取引では、当事者に行為の意思があるかどうか、厳密な確認が必要になる。
ただ、こうしたルールを知らない人は多い。事前の準備がないまま問題に直面するケースは少なくない。
「予想外だった」。東京都内に住む女性はため息をつく。女性は2011年に東日本大震災が発生するまで、出身地の福島県浪江町で母親と2人で暮らしていた。東京電力福島第一原発事故によって町内で暮らせなくなり、都内で自宅を購入することになった。
しかし、浪江町の自宅と引き換えに東京電力から支払われた賠償金は家の名義人だった母親のもの。避難生活で離れて暮らす間に母は認知症が悪化し、契約を理解できなくなっていた。
認知症で判断能力が低下した人の様々な契約を代行する成年後見制度を利用し住宅を購入したものの、手続きに時間がかかって入居が1年近く遅れた。その間に母親は体調を崩して入院し、病院で亡くなった。
女性は「母親と住みたいという一心だった。事前に対応をしていれば時間を無駄にすることなく、新しい家で一緒に暮らせたはず」と悔やむ。
■40年に280万戸
第一生命経済研究所の試算では、認知症の人が所有する住宅は2021年に221万戸あり、国内の住宅の30戸に1戸を占める計算だ。40年には280万戸になる見通しで、認知症の人の不動産取引は身近な問題になりつつある。
認知症の人と家族の会(京都府)の理事で、司法書士の中野篤子さんは、認知症の人が持つ不動産の取引に関する相談をよく受けるという。多いのは、自宅を売却して介護費用を捻出したいと考えるケースだ。
中野さんは「親の年金の受給額が少ない場合など、まとまった額を準備するために実家の売却を考える家族は多い」と話す。
一方、不動産の売却後に別の親族が「勝手に売った」などと訴え、親族内で紛争になるケースもある。「後々のトラブルを防ぐためにも本人の意思確認は慎重にならざるを得ない」(中野さん)と話す。
「任意後見制度」や「家族信託」で対応
こうしたケースへの備えには「任意後見制度」や「家族信託」などがある。
任意後見制度は、成年後見制度の一種だが、財産管理などを委ねる後見人を判断能力が低下する前に自分で選ぶ。家族のほか、司法書士などの専門職に依頼するケースもある。判断能力が低下した後に、家族らが家庭裁判所に後見監督人の選任を申し立てると契約の効力が生まれる。
万が一の不正を防止するための役割を持つ後見監督人には、弁護士らがなることが多い。後見人は後見監督人に定期的に報告を行う必要がある。任意後見人に問題があれば、家庭裁判所は解任することができる。
家族信託は、信頼できる家族に財産の管理を委ねる仕組みだ。委ねる財産の範囲などを決めて契約書を作成する。公証役場で公正証書として残すのが一般的だ。
これらの対策は認知症になる前に進める必要がある。中野さんは「家族との関係や資産の保有状況などによって必要な支援は人それぞれ。早めに検討を始め、その人に合った方法を選んでほしい」と話す。
一方、判断能力がなくなった後は、成年後見制度のうち、家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見」を利用する必要がある。
ただ、住宅の売却には家庭裁判所の許可が必要だ。また、原則として本人が亡くなるまで制度の利用をやめることはできない。弁護士などの専門職が後見人になる場合、管理する財産の額に応じて月数万円の報酬がかかる。
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