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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

日本のがん治療は海外より遅れているんですか?

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日本のがん治療は海外より遅れているんですか?

イラスト:さかいゆは

 多くの方が、米国やヨーロッパでは日本よりも医療が進んでいて、より素晴らしい治療を受けられるはずというイメージを持っているようです。「日本ではこの程度の医療しか受けられずに残念」「アメリカに行けば、もっといい薬を使えるんですよね」という声を聞くこともあります。

 でも、日本の医療が欧米と比べて遅れているかというと、けっしてそんなことはありません。医療制度や文化など、いろいろな違いはありますが、少なくとも、今の日本で受けることのできる治療の内容が海外と比べて劣ることはありません。むしろ、日本の医療が他の国々よりも優れている点はたくさんあります。

かつてはドラッグラグが問題視されたが…

 かつては、欧米で使える薬が日本で使えない、欧米で承認されてから日本で承認されるまでラグ(遅れ)があるという「ドラッグラグ」が問題視されていました。たとえば、現在HER2陽性乳がんに対して欠かせない薬となっている「ハーセプチン」は、米国で承認されたのが1998年、日本で承認されたのは2001年でした。この話題の新薬をなんとしても患者さんに使ってあげたいと思った若かりし頃の私は、承認前に米国から自己輸入して使っていたこともありました。また、「ゼローダ」という内服抗がん剤は、日本で生まれた薬であったにもかかわらず、米国で承認されたのが1998年、日本で承認されたのは2003年で、この薬も、自己輸入して使っていました。承認されていない薬剤を自己輸入して使うというのは、今の時代では許されないことですが、当時は、やむにやまれずそこまでしてしまうほど、ドラッグラグがあったということです。

 最近は、有望な新薬については、日本も早い段階から開発に参加していることが多く、承認のタイミングにわずかなずれはあるにしても、日本が常に遅れているということはありません。少なくとも、世界的に標準とされる治療薬が使えないことはほとんどなく、今現在、私が、自己輸入してでも使いたいと思うような薬は一つもありません。一部の薬で、日本人での副作用が強くて日本での開発が中止されたものがあったり、逆に、日本を含む一部の国でしか使えない薬もあったり、国ごとに使える薬のラインアップは異なりますが、「海外で使えるのに日本では使えない」と残念がるような薬はほとんどないと言えます。

 上記のゼローダもそうですが、日本で生まれたがん治療薬は数多くあり、18年に 本庶(ほんじょ)(たすく) 氏がノーベル生理学・医学賞を受賞して話題となった、免疫チェックポイント阻害薬の「オプジーボ」や、最近注目を集めている、HER2陽性の乳がんや胃がんの新薬「エンハーツ」も、日本生まれです。これらの薬剤は、実際に患者さんに使用して有効性や安全性を確かめる臨床試験でも、日本が貢献し、世界の標準治療となっています。

遅れをとっているのは臨床試験の実施体制

 ただ、臨床試験の実施体制や基盤整備については、日本は欧米に比べ、遅れをとっています。今は、世界全体で行われる臨床試験に日本も混ぜてもらって、なんとか追いつきながら開発を進めている状況ですが、今後は、臨床試験においても日本が世界をリードしていく必要があります。私は、日本を代表する臨床試験グループの一つ、西日本がん研究機構(WJOG)で乳腺グループの代表をしていますが、われわれ臨床現場の医師が中心となり、患者さんの声も聞きながら、世界規模の臨床試験を主導していくのが目標です。国民全体で臨床試験に自然に取り組めるような文化も醸成できたら、と思っています。

 新薬の開発や臨床試験の基盤整備など、医学研究に投じられる研究費は、米国の方が多く、日本では研究環境が恵まれているとは言えない状況ですが、それでも、日本の医学研究は十分に世界に貢献してきました。臨床腫瘍学の国際学会でも、日本からの重要な発表は増えつつあり、存在感を示しています。

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大付属病院で研修後、2000年より東京共済病院呼吸器科医員、02年より国立がんセンター中央病院内科レジデントとして経験を積んだ。05年に東京共済病院に戻り、「腫瘍内科」を開設。08年、帝京大学医学部付属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に最年少部長として赴任し、「日本一の腫瘍内科」を目標に掲げた。10年間の虎の門時代は、様々ながんの薬物療法と緩和ケアを行い、幅広く臨床研究に取り組むとともに、多くの若手腫瘍内科医を育成した。20年には、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、かつてのヨミドクターの連載「がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~」をまとめた、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)がある。

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