鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
認知症の妻に会いたいと言う85歳患者 コロナで面会できないまま死期が…最後の願いをかなえるには
85歳、男性。心不全と腎不全を患い、当院に5年前から受診して、内服治療を行い経過観察していた。妻、長男夫婦と暮らしていたが、妻は半年ほど前から認知症が進み、施設に入居した。患者は毎日、手料理を持参し、施設の妻を訪問することが日課となっていた。患者は経済的に自立しており、良い意味で依存的ではない父と子の関係であった。
ある日、肺炎を併発して、当院のHCU(High care unit:高度治療室と呼ばれ、集中治療室と一般病棟の中間に位置する)に入院した。患者は「息が吸えない。苦しい」と訴え、冷や汗をかいて下肢がむくみ、苦痛で顔をゆがめていた。NPPV(気管挿管や気管切開を行わない換気法の総称)を装着して、苦痛を軽減するために傾眠できるような薬剤を投与。呼吸回数は1分間に30回以上、NPPVの酸素濃度は100%となっていても、血中のSpO2(酸素飽和度)は88~90%と低かった。 看護師は以前から、患者に「心不全が急激に悪化した場合には、口から管を入れると(挿管して人工呼吸器を装着すると)話すことができない状態になる」「その場合、腎臓の状態も限界なので体が耐えられず、管が抜けずに気管切開に移行したり、最悪の場合は命を落としたりする場合もある」と伝えていた。その際、患者は「妻のために何でもしたい」と言い、その頃は妻も「頑張ってほしい」と言っていた。挿管して人工呼吸器を装着するイメージについても、看護師から写真や動画などを用いて具体的に説明されていた。
主治医は、「肺の状態が限界に近づいており、挿管しても回復は極めて難しい」と考えていた。患者は、「こんなに苦しいなら、管を入れて、何でもやってくれ。治してほしい」と話し、入院してからは「妻に 鮎 の甘露煮を持って行ってあげたい」としきりに言っていた。呼吸器を装着しても回復が難しいなかで、「もしかしたらそのまま亡くなるかもしれない」とも伝えられたが、患者は「それでも一回はやってほしい」と言った。主治医は、状況を話すため、家族に来院を頼んだが、多忙ということで電話での話になった。長男は主治医の話を聞いて、「人工呼吸器をつけても治らないなら、苦しくないようにしてほしい」と言っている。
いったい、どうしたらよいのか。HCUの看護師から、急性・重症患者看護専門看護師(以下、専門看護師)に相談があった。
患者は人工呼吸器を希望 それでは「本当の望み」につながらず…
患者の「治療してほしい」という明確な意向と、厳しい見通しとの間で悩み、さらにコロナ禍での他施設との協働に苦慮したケースとして、専門看護師が話してくれました。
HCUのスタッフたちは、「本人はずっと『どんな治療でもしたい』と言っていて、今回も明確にそう話している。できるだけ意向に沿いたい。でも、呼吸器を装着したまま亡くなる可能性も高いので、どうしていいかわからない」と悩んでいたそうです。この専門看護師も、患者さんの身体状況とデータを見て、「非常に厳しい」とまず思ったそうです。「挿管したら絶対に外せない。気管切開になる可能性もある。しかし、妻への思いが強く、『治したい』という本人の気持ちは尊重したい。医療者の考えだけで進めてはいけない。本人の意思を尊重しながら、それを息子さんとも共有していかないといけない。患者さんの意思を尊重するにはどうしたらよいか、状況を整理しないと感情論に走ってしまう」と思ったそうです。
専門看護師は、今後どうアプローチしていけばよいか、いま一度、チームでの話し合いをする場を作りました。本人は何とか治療してほしいと言っているが、「その先に患者さんが求めているもの」について話し合ったそうです。主治医は、「治って妻に会いたい、妻に会いに行く、というところに本人のゴールがある。それは治療して回復できるという前提で考えられている」と言いました。しかし、患者さんが意向として伝えている治療、つまり人工呼吸器を装着することでは、患者さんが最終的に望んでいることの実現にはつながらない状況でした。そのことを患者さんが十分理解しているかどうか……。そこで、チームとしては、患者さんがいま望むことは何なのか、現状をどのように捉えているかを確かめ、患者さんが目指すゴールに向けてできることを考えていくことになりました。
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