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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

医療・健康・介護のコラム

愛犬ココ君の物語(下) 認知症の飼い主に忘れられても寄り添い…半年後、ついに奇跡が

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続・伴侶動物福祉のモデルケース…認知症の女性と愛犬のココ君(下)

橋本さんとココ君は新たな絆を結んだ

 橋本幸代さん(仮名、70歳代)は、転倒骨折で入院している間に認知症が進行してしまい、愛犬のココ君のことを忘れてしまいました。私たちは、大幅に進行した橋本さんの認知症が改善するとは思えず、ココ君を思い出すことはもうないのだろうと諦めていました。

 しかしココ君は諦めませんでした。

 橋本さんはココ君をなでようとしませんでした。手を伸ばすことも、目を向けることもありませんでした。車いすに座る橋本さんの膝にココ君が飛びついても、キュン、キュンと鳴いても、一切反応しませんでした。

 それでもココ君はいつも橋本さんと一緒にいました。

 橋本さんは、すっかり車いす生活になっており、職員が押す車いすで移動していましたが、その傍らにはいつもココ君が歩いていました。ベッドの上で橋本さんに寄り添い、ひたむきに見つめていました。

 ペットは人に無償の愛情を向けてくれると言われています。私たちはココ君の行動に、まさに無償の愛情を感じていました。自分のことを認識すらしてくれない飼い主さんに対し、まったく揺るがない愛情と信頼を寄せていたのです。

 そして無償の愛情が奇跡を起こします。退院して半年がたった時、橋本さんは膝に抱き着いてくるココ君に目を向けると、「コ…コ…」とかすかに声をかけました。半年間、一言も言葉を発することがなかった橋本さんが、ココ君の名前を呼んだのです。ココ君は大喜びで橋本さんにしがみついていました。

 橋本さんの認知症が劇的な回復を遂げた、というわけではありません。橋本さんの変化は、見た目にはごくごくわずかなものでした。ほんの少し顔を動かして、ココ君に視線を向け、かすかな声を発したにすぎません。しかしそれはまさに、小さな一歩でも大きな一歩だったのです。

 それから橋本さんは、時折、ココ君に向かってかすかに呼びかけるようになりました。そしてさらに3か月がたち、ついにその時が訪れます。橋本さんが、必死に腕を動かして、ココ君をなでたのです。その場に居合わせた職員は、「思わず大声を上げて橋本さんに抱き着いてしまった」と言っていました。そして職員はココ君を橋本さんの膝の上に乗せました。橋本さんの胸にしがみついたココ君を、橋本さんは力の入らない腕で、それでもしっかりと抱きしめました。ついにココ君の無償の愛情が報われたのです。

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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1件 のコメント

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泣けました。

泣く男

認知症はあきらめるしかないと思っていましたが、愛があれば乗り越えられる事を知りました。ココ君の頑張りが報われて涙が出ました。

認知症はあきらめるしかないと思っていましたが、愛があれば乗り越えられる事を知りました。ココ君の頑張りが報われて涙が出ました。

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