文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

ウェルネスとーく

医療・健康・介護のコラム

[タレント 矢部美穂さん](上)学校ではいじめられ、母は4度離婚 カッターを手首に当てたが「大人の自分を見たい」と踏みとどまる

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

芸能界を目指してオーディションを受け続けた

  ――お母さんが4回離婚していますが、どう感じていましたか。

 男性2人と2回ずつですが、すごくいやでしたね。きょうだい4人は最初のお父さんの子なので、今も仲がいいですが、そのお父さんと離婚のときはすごく泣いたし、妹のひとりとは一度離ればなれになって、また最終的に戻ってきたりとか、それはいい気持ちはしませんでした。

 今では、母が離婚を決意したのは理解できます。父は女性もギャンブルも好き、家にお金を入れない……。そんな中、母は4人の子どもを育て、スナックを経営していたので、いい客に会えば恋にも落ちるし、生活を安定させたい気持ちにもなる。でも、そんなことは子どもにはわからないので、いやでした。そうは言っても明日はくるので、我慢するしかなかったです。

 そんな環境だったので、私の中では義務教育が終わったら家を出ようという気持ちになっていて、その手段として、あこがれの芸能人たちがいる芸能界へと思っていました。学校ではいじめられながら、何回もオーディションを受けていました。

  ――それはお母さんも応援してくれていた?

 もともと母は歌手になりたくて芸能事務所にいたらしく、本当かどうかわからないですけど、男を選んでデビュー間近で歌手をやめたそうです。だから、私のオーディションについては「受けなさいよ」みたいな感じでした。自分の夢を託す面もあったと思います。

  ――お母さんとの関係はずっと良好ですか。

 そこは救われていますね。普通、親を嫌いになってしまいそうじゃないですか。母は女としてかなり自由な選択をしたので。でも、それでも憎めなくて、みんなに愛されている母です。

  ――2人目のお父さんとの関係は?

 結構、暴力をふるうことがあって、背中を蹴られたことがありました。でも暴力はあっても、わたしが一番、その父と仲良くて、いろいろなところに遊びに連れていってもらいました。もちろん蹴られた瞬間は腹が立ちますけど、だから大嫌いとか、そういうことではなく、「ただ大変な父だったよね」みたいな話です。

自分が芸能界に入らなかったら、今の矢部家はなかった

  ――そのお父さんとも離婚したのは暴力が原因?

 自分の子どもとの差別もあったし、暴力もなかなか直らず、母も愛情面で変わってきたのだと思います。あと私が東京に行ってから毎年、私を頼ってきょうだいが東京に出てきて、その流れで母も「私も行きたい」ってなりました。もし私が芸能界に入らず、東京に来なかったら、今の矢部家とは違う形になっていたと思います。

  ――現在独身ですが、生い立ちから結婚には慎重ですか。

 母を見て離婚はしたくないっていうのもありますが、芸能界は素敵な男性がいらっしゃいますよね。若い時に結婚したら、その人だけで満足できるのかなって、ふと考えたことがありました。「この人が最後」と思わない限り、結婚すべきじゃないって自分に問いただしたというか、何回かタイミングはありましたが、「この人だったら、また好きな人ができる可能性あるな」と思ってしまいました。

  ――では、まだこれからですね。

 全然あると思いますよ。まだ1回もしてないですが(笑)。タイミングですよね。

タレント 矢部美穂さん

やべ・みほ 1977年、北海道生まれ。中学3年のときに女性アイドル雑誌のオーディションでグランプリ受賞、芸能界デビューを果たし、バラエティー番組やグラビア、女優など幅広く活躍。フジテレビ系「アウト×デラックス」レギュラー。東京都世田谷区内のバー「YABEKE」オーナー。地方競馬の馬主。

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

wellnnesstalk1-200

ウェルネスとーく

 あの人が、いつも生き生きしているのはなぜだろう。

 健康、子育て、加齢、介護、生きがい…人生の様々なテーマに向き合っているのは、著名人も同じ。メディアでおなじみの人たちが、元気の秘密について語ります。

ウェルネスとーくの一覧を見る

最新記事