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町田忍の昭和回想

回想サロン

呼び出しで 電話を借りに ご近所へ

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 昭和は遠くなりにけり--。銭湯や手描き看板をカメラにおさめ、お菓子のパッケージを収集するなど、庶民の暮らしを見つめてきた町田忍さんが、懐かしいあれこれをイラストにして回想します。みなさんも古いアルバムや本、新聞を引っ張り出し、町田さんのイラストと合わせて、昔を振り返ってみてはいかがでしょうか。
 記事の最後にコメント欄がありますので、よろしければ、あなたの懐かしい思い出を投稿してください。

黒電話

 我が家が電話を引いたのは、たしか昭和38年だった。写真がその電話だ。最先端のすごいものがやってきたということで、受話器に布カバーを付けた。

 それ以前は、近所の布団屋さんで電話を借りていた。時には布団屋さんが、うち宛てに電話がかかってきたと知らせに来てくれた。

 小学校のころの連絡用学級名簿には、(呼)とある家が多かった。電話がないので、「ここにかけて、呼び出してくれ」という意味だ。のんびりした時代だった。

 当時の通話料金は、公衆電話でも1回10円で時間無制限だった。今なら100円ぐらいの感覚だろうか。当時の電電公社もこれではまずいと考えたのか、やがて3分10円に値上げされた。

 

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machida_shinobu_prof

町田 忍(まちだ・しのぶ)
1950年、東京都出身。庶民文化研究家、エッセイスト。銭湯や缶ジュースなど100を超える研究テーマを持つ。著書に「町田忍の手描き看板百景-美あり珍あり昭和あり-」(東海教育研究所)、「戦後新聞広告図鑑」(同)、「マッカーサーと征露丸」(芸文社)、「銭湯 『浮世の垢』も落とす庶民の社交場」(ミネルヴァ書房)など。

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1件 のコメント

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銭湯

ワンコ

今から50年以上前、小学生だった頃。幼なじみ、妹と一緒に、夏休みに遊びの延長だったか、子どもたちだけで銭湯に行った。お金をもらい、おけ タオルを...

今から50年以上前、小学生だった頃。幼なじみ、妹と一緒に、夏休みに遊びの延長だったか、子どもたちだけで銭湯に行った。お金をもらい、おけ タオルを持って…。帰り道、まっすぐ帰るつもりが、遊びながら寄り道し、帰宅すると汗だらけ。しかられた。でも翌日、「次はどこの銭湯に行く」と話しながら、近くに三軒はあった銭湯を次々と回っていた。楽しい思い出。

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