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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

この治療にかけてみたいんです。奇跡を信じちゃダメですか?

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「○○療法で奇跡が起きる」の宣伝文句。信じちゃダメですか?

イラスト:さかいゆは

 がんが進行し、痛みやだるさが強くなり、担当医からは「抗がん剤を使っても効果はほとんど期待できない」と言われました。それでも、あきらめたくないんです。できることがあれば、何でもやってみたい。少しでも可能性があるなら、それにかけてみたい。奇跡を信じちゃダメですか?――。

 診察室で、そのように切羽詰まった思いをうかがうことがあります。

強く信じれば信じるほど絶望も大きく

 進行がんの患者さんがよく口にする「奇跡」とは、治らないと言われた病気が治ることであり、効かないと言われた治療が効くことです。奇跡を起こすことが最後の希望であり、奇跡が起きなければあとは絶望しかない、と思い詰めているようです。

 追い詰められた状況で、それを打開する奇跡を期待するのは、ごく自然な心の動きです。奇跡が起きると信じて取り組むことで、大きな力を発揮できることもあります。奇跡を信じる気持ち自体は、大事にしたいと私は思っています。

 でも、「最後の希望」としてすがりつく奇跡は、起きないことの方が多いのが現実です。「奇跡」とは、「常識で考えては起こりえない、不思議な出来事・現象」だと辞書(大辞泉)に書いてあります。起こそうとしてもまず起きないのが奇跡です。奇跡を信じて治療に取り組んでいる間はよいにしても、病状が悪化して、治療が効いていないとわかったときは、絶望が訪れます。奇跡を強く信じれば信じるほど、そのあとの絶望も大きくなります。

 奇跡を信じつつ、それが起きなかったときにも、絶望ではなく、なんらかの救いがあるような、そんな心の持ち方はないものか。そして、それを支えるような医療はないものか。そんなことを、私は考えてきました。数多くの患者さんと語り合った経験をもとに、私なりのアドバイスをしてみようと思います。

「この治療しかない」とは考えない

 奇跡という言葉は、インターネットや書籍などでたくさん見かけます。

 「末期がんからの奇跡の生還」

 「○○療法で、あなたにも奇跡が起きる」

 そんな宣伝文句を見ていると、「○○療法」(自費診療で行われる免疫療法や民間療法)を受けたら本当に奇跡が起きるような気持ちになってくるかもしれません。確実に起きるのであれば、もはや奇跡とは言えないと思いますが、患者さんの何かにすがる気持ちを (あお) るために、このキーワードが多用されているようです。

 「私には、この○○療法しか希望が残されていません」と、すがりついてしまう患者さんも多くおられます。でも、そんな「○○療法」が効果をもたらすことはほとんどなく、それを最後の希望だと思っていた患者さんは、いつか絶望の淵に落とされてしまいます。高額の費用がかかることもあるようです。そこにお金もうけはあっても、救いはありません。

 何らかの治療を受ける場合、効果に期待して取り組むことは大事ですが、「この治療 しか(・・) ない」と思うのは得策ではありません。治療は自分らしく生きていくための道具です。目標に近づくために、数ある道具の中から適切に選ぶものであって、一つの道具にすがりつくようなものではありません。抗がん剤以外にも、緩和ケアなど、医療にできることはたくさんあり、ご本人やご家族にできることもたくさんあります。「自分にはこれしか残されていない」と思い詰めるのではなく、医療者や周りの人と思いを共有しながら、今できることをいろいろと考えてみるのがよいと思います。

 医療は不確実なもので、治療が期待通りに効かないことはよくあります。効かない可能性や、悪い方の経過をたどる可能性も想像しておいた上で、いい方の可能性に期待して取り組むのがよさそうです。たとえ奇跡が起きなかったとしても、その時々の状況で、適切な道具を選んで試していけばよく、次に使う一つの道具を「最後の希望」と呼ぶ必要はありません。

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大付属病院で研修後、2000年より東京共済病院呼吸器科医員、02年より国立がんセンター中央病院内科レジデントとして経験を積んだ。05年に東京共済病院に戻り、「腫瘍内科」を開設。08年、帝京大学医学部付属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に最年少部長として赴任し、「日本一の腫瘍内科」を目標に掲げた。10年間の虎の門時代は、様々ながんの薬物療法と緩和ケアを行い、幅広く臨床研究に取り組むとともに、多くの若手腫瘍内科医を育成した。20年には、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、かつてのヨミドクターの連載「がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~」をまとめた、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)がある。

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