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医療・健康・介護のニュース・解説

障害者のアート<下>店内装飾やブランドのポスターに作品提供 社会参加と収入に

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得意なこと 生活の糧に

 大胆な色彩や斬新な構図が、見る人の心を揺さぶる障害者のアート作品。企業と作品をつなぐことで、障害者の社会参加の促進を目指す活動が進んでいる。

100人が所属

 印刷工場だった建物を改装した3階建てのビル。神奈川県平塚市にある福祉施設「studioCOOCA(スタジオクーカ)」は、障害があるアーティストの色とりどりの作品であふれる。約100人が所属し、絵画や工作、手芸などに取り組む。

 施設長の関根 幹司もとし さん(66)の取り組みは約30年に及ぶ。かつて働いていた障害者施設での障害者の絵との出会いが原体験だ。

障害者のアート<下>作品 企業相手にビジネス

平塚市美術館で開催されたスタジオクーカの作品展。開催期間中、約7400人が訪れた

 草木染めの小物の柄にしようと絵を描いてもらったところ、デフォルメされた個性的な野菜や猫の絵に魅力を感じ、専門知識はなかったが「このままデザインとして使える」と直感した。

 彼らの作品は社会で通用するとの信念が、関根さんを新たな挑戦へと突き動かしていく。福祉施設としては異例なデザイン事務所の経験者らの採用に踏み切り、作品を評価できる人材を強化した。

 その後、東京・原宿や銀座の画廊などで展示会を開くようになると、美術関係者の間で評判となり「作家に会いたい」と全国から見学者が訪れるようになった。

変わる企業の視線

 企業の視線も変わっていった。大手コーヒーチェーンの店内装飾や有名服飾ブランドのポスターなどに作品が採用され、100万円で売れるなど、評価が高まっていった。

 作品を取り入れた約100種類の柄のポーチやトートバッグなどをインターネットなどで販売し、売り上げの一部を作家に支払っている。

 スタジオクーカの名前の由来は「どうやって食うか」だ。作家が企業や市場を通して社会と関わり、生活の糧を得られるような社会の実現を目指している。「障害があっても可能性はたくさんある。得意なことを仕事にして楽しく生きている姿を見せたい」。関根さんの挑戦は続く。

「支援だけでは長続きしない」

障害者のアート<下>店内装飾やブランドのポスターに作品提供 社会参加と収入に

オンライン型アート鑑賞会で、司会の磯村さんが問いかけると、参加者がチャットで意見を次々と書き込んでいた

 「この絵のタイトルは何でしょう」。パソコン画面に表示された色鮮やかな絵を前に、アートレンタル会社「フクフクプラス」共同代表の磯村歩さん(54)が、オンラインで開かれた対話型アート鑑賞会の参加者に問いかけた。題材は障害者が描いた絵画だ。磯村さんは「 緻密ちみつ な計算やテクニックによらない作風は親しみやすく、対話の場を柔らかくする」と話す。

 かつて富士フイルムのデザイナーだった磯村さん。福祉の現場に作品をPRできる人材が少ない点に課題を感じ、2018年に仲間と会社を設立した。

 障害者の作品にリラックス効果があることを独自調査で明らかにし、研修プログラムを開発、すでに約4000人が受講した。コロナ禍でのコミュニケーションなどとして鑑賞会を開いているアフラック生命保険の担当者は「固定観念を覆し、斬新な発想を引き出すきっかけになっている」と評価する。

作家の報酬に

 フクフクプラスでは企業や一般家庭向けに、1万点を超える作品から、顧客の要望に合った作品を選んで貸し出す事業も展開する。売り上げの一部は作家の報酬となる。

 磯村さんは「障害者支援という視点だけでは長続きしない。ビジネスの手法で作品の価値を最大限に高め、言葉にして社会へ伝えていく。障害者のアートの世界はまだまだ広がるはずだ」と強調する。

広がる用途と取引

障害者のアート<下>店内装飾やブランドのポスターに作品提供 社会参加と収入に

 「障害者の作品だから」という「支援」が目的ではなく、作品自体が「価値あるもの」として取引される市場や社会を目指す動きが広がりをみせている。

 「ヘラルボニー」(盛岡市)では、株式会社として障害者の作品を取り扱っている。JR東日本と協力し、吉祥寺駅(東京都武蔵野市)や花巻駅(岩手県花巻市)の壁面に、障害者が描いた絵画をデザインとして提供したり、高級ネクタイのデザインとして提供したりと、事業を拡大している。松田文登副社長は「妥協のない質の商品を世に出し、ビジネスとして取引を成立させることで、障害者を尊重する社会の実現に貢献したい」と話す。

 三つの非営利団体が共同で運営している「エイブルアート・カンパニー」は、公募した障害者の登録作家約120人の作品を、適正価格で販売して、売り上げを作家に還元している。これまでトヨタ自動車のラッピング車に採用されるなど事業領域を拡大している。

 東京・東北事務局の柴崎由美子さんは「取引は5年前は大企業が中心だったが、今は中小にまで広がっている」と話す。

 作品を商業活動に利用しやすいようにデータ化やデザイン化して取引するなど、販売する側にも工夫がみられる。

 一般社団法人「シブヤフォント」は、東京都渋谷区内の障害者が作成した文字をフォント(文字一式)として製品化。今年8月に米グーグルが採用した。太く丸みのある字体で「ぱれっとモザイクフォント」として利用されている。

◎この連載は栗原守、本田克樹、沼尻知子が担当しました。

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