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ココロブルーに効く話 小山文彦

医療・健康・介護のコラム

【Track18】駅のホームから転落寸前、大切な人の声が聞こえた―うつ病の夫の危機を救った妻の口癖―

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妻にすべてを伝えなきゃ

 やっとたどり着いた自宅のドアを開けると、玄関にアカリさんが駆け寄ってきました。普段より早い帰宅に驚いた顔で、タカシさんを迎え入れ、声をかけました。

 「早かったのねえ、今日は」

 タカシさんは、先ほどの駅での出来事も、自分の会社での様子も、何も知らない妻の顔を見るうちに、「もう、すべてを伝えなきゃ」と思ったそうです。

 そこで、ソファに向かい合わせて座り、アカリさんにすべてを話しました。

  • 最近の不調は、産業医の見立てでは「うつ病」の初期だということ。
  • ついさっき、駅で倒れそうになり、線路内に転落しそうになったこと。
  • 産業医から病院の精神科を紹介され、受診しようと思っていること。

 思えば、夫婦2人でゆっくり話すのは久しぶりのことでした。

 アカリさんは、夫の言葉を、口を挟まずに最後まで聴いたあと、「わかったよ。明日にでもいっしょに病院に行くよ」と答えてくれました。

 まもなくタカシさんはアカリさんと、私の紹介した病院を受診しました。

 それからしばらくして、精神科の担当医から丁寧な返書が私宛に届きました。

 その内容、それに後日、タカシさんからお聞きした話を私なりに診断すると、駅のホームでの彼の状況は、確信を持った自殺願望とは異なり、「もう、着地したい」という逃避願望が膨らみ続けた結果、心理的な視野 狭窄(きょうさく) に陥っていたものと考えられました。

 また、歩行中に、大量の汗をかいたことで、軽い熱中症の症状で手足の 痙攣(けいれん) と脱力が起こり、さらに極度の睡眠不足による秒単位の意識脱落(「マイクロスリープ」という現象)が合併したものと解釈されます。これら複数の要因が重なり、混濁した意識のなか、「妻の声が聞こえた」と錯覚したのでしょう。

 精神科への受診後、不眠とうつ症状には、処方薬(抗うつ薬:ミルタザピンなど)が奏功し、最初の産業医面接から数か月後に、タカシさんは職場復帰しました。それから、アカリさんと相談しながら、「着地」後、つまり定年後のセカンドキャリアを模索することで、元気を取り戻していったそうです。

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小山 文彦(こやま・ふみひこ)

 東邦大学医療センター産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。広島県出身。1991年、徳島大医学部卒。岡山大病院、独立行政法人労働者健康安全機構などを経て、2016年から現職。著書に「ココロブルーと脳ブルー 知っておきたい科学としてのメンタルヘルス」「精神科医の話の聴き方10のセオリー」などがある。19年にはシンガーソング・ライターとしてアルバム「Young At Heart!」を発表した。

 2021年5月には、新型コロナの時代に伝えたいメッセージを込めた 新曲「リンゴの赤」 をリリースした。

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