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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

心不全で緊急搬送「コロナ禍だから治療しなくていい」…回復望めるのに看取りを願う患者・家族とどうかかわるか

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 83歳の女性。心不全の急性増悪で当院(地域の中核病院)へ緊急搬送されてきた。60歳から免疫性の疾患(多発血管炎性肉芽腫症)もあり、大学病院での入退院を繰り返していた。10年前より心不全を患い、近所のクリニックに受診していた。当院搬送時、心不全の状態は、ステージBからCに(無症状の段階から入院や退院を繰り返す段階に)移行する急性増悪の状態で、肺水腫もあり呼吸が苦しいため、酸素吸入と薬剤治療を行っていた。当初は、短い入院期間で退院ができると思っていたが、免疫不全が影響し、状態が悪くなっていった。

 本人は「もうこんな状態(コロナ禍)で、みなさん(医療者)も大変ですから、もう治療はいいんです……」。夫は3年前に他界し、家族は子どもが3人。長女夫婦が一緒に暮らし、長い闘病生活を支えていた。次女や長男も近県に居住し、週末は介護を手伝っていた。長女からも、「いつか、お別れの時がくると思っていた。本当に長い間、闘病してきて、母さんはずっとがんばってきた。みなさんコロナで大変でしょうし、母さんには『もうがんばらなくていい』と言ってあげたい。苦しまないように 看取(みと) りの方向でお願いします」と言う。

 急性期領域のエキスパートで、地域の中核病院で働く看護師が話してくれたケースです。新型コロナウイルス感染症の 蔓延(まんえん) による種々の影響についてヒアリングしているなかで語ってくれました。

「治療をしなくてよい」の背景には苦痛の問題が

心不全で緊急搬送されたが「コロナ禍だから治療しなくていい」…改善が望めるのに看取りを願う患者・家族にどうかかわるか

 患者さんは確かに心不全の急性増悪の状態でありましたが、医療チームとしては、採血、胸部のレントゲン、CT(コンピューター断層撮影)所見からみて、積極的治療をすれば現在の状態から改善すると考えていました。ここでの積極的治療は、酸素吸入と薬剤投与をし、安静を保つことです。利尿薬を使用して胸にたまった水を排出させ、酸素投与で呼吸のサポートをし、身体の動きを少し制限することで呼吸苦などの症状が減ると考えていました。

 家族の関係性は良好でした。面会は感染対策をした上で認めていたのですが、家族は面会にあまり来ませんでした。「本人の苦しむ姿をみたくないという思いもあり、面会が遠のいてしまったかもしれない」と看護師は語ります。家族の面会がないことは、本人の孤独感や不安を助長し、治療の意欲へも影響すると懸念されました。

 看護師は、患者さんと話をするなかで、表情や言動からかなりの不安があることを理解できたと言います。話をしていても、医療者を気遣う言葉がよく聞かれ、子どもたちに迷惑がかかることをとても気にしており、「とにかく早く楽にさせてほしい」と訴えていたそうです。免疫疾患の悪化で家族のサポートを受けてきて、身体的にも精神的にも疲労していることが伝わってきたそうです。

 そこで医療チームは、まずは弱い鎮静薬を投与して、本人の感じている苦しさを緩和しました。本人や家族が「治療をしなくてよい」と言っていた背景には、苦痛の問題がありました。この苦痛を少しでも軽減できれば、患者さんはもとより、患者さんの苦しみを見かねている家族の心情にも変化をもたらすのではないかと考えました。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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