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障害者のアート<上>理屈抜きで心打つ…創作は社会との絆

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 障害者の芸術活動が活発になっている。2018年の障害者文化芸術活動推進法施行によって公的な支援が進んだほか、国連のSDGs(持続可能な開発目標)が社会に浸透しつつあることなども背景にあるとみられる。創作の現場を訪ねた。

楽譜モチーフに絵…西岡さん

障害者のアート<上>理屈抜きで心打つ…創作は社会との絆

鼻歌を歌いながらペンを走らせる西岡さん。自分のペースで作品を生み出していく(大阪市阿倍野区で)

 9月上旬、大阪市阿倍野区にある知的障害者の生活介護施設「アトリエコーナス」で、西岡弘治さん(51)は鼻歌を歌いながら、一心不乱にアニメソングの楽譜を写していた。独特な字体でタイトルや作曲者名を大きく書き、空いた部分に細かく五線譜を引き、音符を重ねていく。

 「字を書くのが好き。最近は大きく書きすぎて、楽譜が窮屈になってしまうみたい」と、施設長の明子アルガマさん(47)が教えてくれた。

 楽譜をモチーフにした絵が海外でも評価されている西岡さんだが、34歳になるまで、絵を本格的に描いたことはなかった。

障害者のアート<上>理屈抜きで心打つ…創作は社会との絆

西岡さんの代表作。楽譜から大きく波打ち、広がるように描かれた線から「楽譜 波紋」と名付けられた。この作品の公募展受賞をきっかけに、国内外で注目を集めるようになった

 幼い頃に自閉症と診断され、すぐ姿が見えなくなる子どもだったという。高い場所や独りでいることが好きで、団地の屋上で日本酒の瓶に頬ずりしていたり、教会の屋根で十字架に頬ずりしていたりしていた。高校卒業後に、アトリエコーナスの前身「コーナス共生作業所」に就職したが、落ち着かない態度は変わらなかった。

障害者のアート<上>理屈抜きで心打つ…創作は社会との絆

これまでに生み出された作品に囲まれる白岩さん。一人ひとりの感性があふれる作品ばかりだ

 「よその家のポストから勝手にチラシを持ってきたりして、いつも私が謝っていましたよ」。アトリエコーナスを運営する特定非営利活動法人の代表理事・白岩高子さん(74)は振り返る。

 西岡さんが変わるきっかけは2005年、コーナスでのアート活動だった。ペンと紙を渡すと、隣に置いてあった新聞のテレビ欄や宗教画を、集中して写し始めた。勢いのある自由な字体を見た白岩さんは「この人すごい」と才能を感じたという。

 しばらくして、アトリエに古いピアノが寄贈された。すると数日後、西岡さんは、そばにあった楽譜を手に取り、熱心にペンで写し始めた。10歳の頃から西岡さんを見てきた白岩さんは「思えば、いつもハミングしていた。頭の中には常に音楽があったのだろう」と語る。

「楽譜 a tempo」

「楽譜 a tempo」

 それ以来、楽譜をモチーフにした絵の制作が始まり、国内外の作品展にも出品。16年にはロンドンの展覧会に招かれ、会場で絵を描く「ライブペインティング」にも臨んだ。

 注目されるようになった今も、気が向いたときだけペンを持ち、気持ちが乗らないと床に寝っ転がってしまう創作スタイルは変わらない。コーナスが生んだ“巨匠”は、マイペースに表現し続けている。

個性や感性を伸ばす

 ニッセイ基礎研究所が今年3月に公表した調査によると、文化芸術活動は成果があるとした障害福祉施設に「期待する成果」(複数回答)を尋ねたところ、「趣味や余暇活動の充実、生きがいの創出」(90・1%)が最も多かった。次いで「自己表現及びコミュニケーション能力の拡大」(73・9%)、「アイデンティティの形成や自己肯定感の向上」(61・6%)と続いた。

 軽作業を活動の中心にした障害者向け施設は多い。かつてコーナスでも1個0・43円の傘くぎの組み立て作業をしていたが、「自由な活動をしたい。アートなら、個性や感性を伸ばすことができる」(白岩さん)との考えから、午前の2時間をアート活動に充てることにした。始めてみると、皆、生き生きと絵を描くようになり、手応えを感じ始めた。

 今年12月には、現在のアトリエと同じ通りに、カフェギャラリーを開く予定で、障害のある人に接客をしてもらおうと考えている。芸術活動は、地域と交流するきっかけとしても、期待されている。

独創的 理屈抜きで心打つ…滋賀県立美術館 保坂健二朗館長

障害者のアート<上>広がる創作 社会との絆に

ほさか・けんじろう 1976年生まれ。東京国立近代美術館で学芸員として勤務、21年より現職。内閣府「障害者政策委員会」、厚生労働省・文化庁「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」などで専門委員や構成員を歴任。

 文化振興の観点から、障害者の芸術活動に詳しい滋賀県立美術館の保坂健二朗館長に、話を聞いた。

 障害者の芸術作品について感じ方は様々だが、一般的に言えば、時代や流行に左右されず、作家が好きな時に、好きなように作る作品が多い。時流をとらえて、問題を提起しようと考え抜いて制作される現代アートとは対照的と言えそうだ。

 制作時に「何かを伝えよう」とするあまり、試行錯誤を繰り返したり、既成の形式にあてはめようとしたりする人は多いが、障害者の作品は、受け手への配慮より、好きなように表現することに重点が置かれているのが特徴だ。そこに独創性があり、魅力があるとも言える。

 魅力を単純に言うと、一種の素朴さ、素直さ、切実さというものかもしれない。理屈抜きで心を打つとも言える。

 鑑賞する側としては、作品を自由に感じて、好きな作品、そうではない作品があっても良いと思う。「障害者の作品だから」という身構えた発想で評価する必要はない。海外では、作家の障害の有無にとらわれず、直感で作品の価値を評価し、購入する人が多い。特に欧米では市場規模が大きい。

 支援によって障害者による優れた作品が高く評価され、売れるような社会になることは大きな意義がある。ただ、作家側が売ることや評価されることを目的にせず、ただ「作りたい」という素朴な動機で作っている場合も多く、市場原理には合わない側面もある。経済的に自立できる障害者の作家はまだごく少数。作家がうまく表現できるように、環境を整える支援活動は非常に大切だ。

支援センター、各地で活動

障害者のアート<上>理屈抜きで心打つ…創作は社会との絆

 2017年度から、各地に障害者芸術文化活動支援センター(支援センター)の設置が始まり、18年には障害者文化芸術活動推進法が施行された。国が障害者による創造活動の創出や、鑑賞機会の拡大などの考えを盛り込んだ推進基本計画を策定したほか、各都道府県でも、計画策定が進んでいる。

 各地で支援センターや、広域センターが活動を行っている。埼玉県川口市にある「アートセンター集」は、社会福祉法人・みぬま福祉会が運営を担っている。障害者の家族や福祉施設の活動を支援したり、美術作品の展示会を開いたりと、年間を通じて事業を展開している。担当者は「年間約700件のペースで相談がある」と話す。

 各支援センターで多く開催されているのが、障害者の作品の権利をどのように保護するべきかという権利に関する研修会だ。弁護士の協力を得て各地で開かれている。それ以外の芸術に関する諸課題を説明する研修会も随時開催している。

 統括する連携事務局によると、19年度に全国の支援センターが開催した研修会は197回で、4501人が参加した。相談件数は4941件にのぼった。

 厚生労働省は、支援センターを早期に全都道府県に広げたい考えだ。

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