ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
医療・健康・介護のコラム
“親子”そのもの 認知症の高齢者と愛犬ミック…夜は一緒に寝て、朝は一緒にリビングで、“2人”は幸せ
愛犬の健康問題考え…「優しい虐待」はしない愛情
瀬川さんとミックの新生活は順調に始まったかのように思えたのですが、すぐに問題が生じます。それは、瀬川さんがミックに、人間の食べ物を与えてしまうことでした。
昔は、飼い犬に、みそ汁に残飯を入れたものなどを普通に与えていたものでしたが、今は獣医学の研究が進み、人間の食べ物の大部分が、そのまま与えると犬の体には“毒”であるとわかっています。塩分や糖分が高過ぎるためです。肝臓や腎臓を壊す、カロリーの取り過ぎで肥満の原因になり、そこからさまざまな疾病が生じる――というような害が生じるのです。
ご高齢の方は、このことをご存じない場合が多いのです。実は「さくらの里山科」で、高齢者が愛犬、愛猫と同伴入居した際、最も問題になることが、飼い主である高齢者が人間の食べ物を与えようとすることなのです。それが犬には害になることを納得していただくことが大変なのです。
瀬川さんもなかなか納得してくださいませんでした。しかも、やっと納得していただいても、説明を受けたことをすぐに忘れてしまうのです。そのため、人間の食べ物をミックに繰り返し与えようとしました。職員に見つかると注意されることはしっかり記憶していたので、職員の目を避けて行おうとするのです。食事で出た料理の一部をポケットに入れて居室に持ち帰ってから与えたり、ベッドの中でこっそりお菓子をやったりしていました。
皆さんは、それくらい目くじらを立てなくても、と思うかもしれません。しかし、そうやって人間の食べ物を与え続けたら、犬の体は確実にむしばまれます。寿命が縮みますし、激しい痛みに苦しむことにもなります。最近では、犬に人間の食べ物を与えたり、太らせたりすることは「優しい虐待」と呼ばれるほどなのです。
私たちには、入居者を幸せにする義務があります。そして、愛犬と同伴入居した入居者を幸せにするためには、愛犬の健康を守る必要があると考えています。愛犬が元気で長生きすることが、飼い主である入居者の幸せにつながります。そこで、時として、入居者の意に反しても、人間の食べ物を与えることを止めないといけないのです。
今では、瀬川さんがミックに人間の食べ物を与えようとすることは、ほとんどなくなりました。これは3年以上にわたる職員の努力の成果だといえますが、瀬川さんのミックへの愛情が根本にあったお陰だろうと思います。ミックはドッグフードや犬用のおやつだけを食べる食生活になりました。そのせいで、9歳のシニア犬になった今も元気に駆け回っています。
幸い、瀬川さんも、認知症は少しずつ進行してはいますが、お元気です。冬は暖かく、夏は涼しい環境で過ごし、温かい食事を召し上がっているのですから、ご自宅にいたころよりも元気になりました。
瀬川さんとミックはベッドで一緒に寝て、朝は一緒にリビングに出てきます。瀬川さんは居室よりもリビングで過ごす方がお好きなので、いつもリビングのいすに座ってくつろいでいます。その隣のいすにはミックが座っています。一緒に団らんに加わり、一緒にテレビを見ています。瀬川さんがトイレに行ったり、お風呂に入っている時は、扉の前で待っています。そして夜になると、一緒に居室に戻ります。
瀬川さんとミックはまさに親子そのものです。この“2人”の幸せが、一刻でも長く続くことを祈っています。
(若山三千彦 特別養護老人ホーム「さくらの里山科」施設長)
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