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困難によりそう<下>コロナで収入減、病気の治療も諦め…「無料低額診療」を行う医療機関も
お金がないからと病気の治療を諦めてしまう人がいる。思うように働けなくなって、さらなる生活困窮に追い込まれる恐れもある。全国の一部の病院や診療所で行われている無料低額診療は、そんな悪循環を断ち切る取り組みだ。
「無料低額診療」支払いを減免
「この制度を知らなかったら、通院を控えていたと思う。治療費がかからないのは本当に助かる」。大阪市の西淀病院。昨年7月に医療費の免除を認められた女性(73)は持病のぜんそくの治療を受け、 安堵 の表情を浮かべた。
市内のラーメン店のパートで月15万円稼いでいた。しかし、新型コロナウイルス禍の人減らしで収入がほぼゼロに。ハローワークで介護施設の調理の仕事を見つけたが、勤務は週3日。月収は7万円に減った。
月約10万円の夫(76)の年金はあるが、自身は保険料を納めておらず、無年金。夫は糖尿病で、介護サービスも利用している。生活はたちまち苦しくなった。
そんな時、ラーメン店の常連客として顔なじみだった同病院職員の男性(57)と道で行き会った。「姿を見ないから心配していたんです」。事情を話すと、無料低額診療を教えてくれた。
夫も支払い免除となり、2人で計1万円だった毎月の医療費は、薬代の2000円だけに。生活も落ち着いた。「働く時間をもっと増やして、以前のように医療費を払えるようになりたい」。女性は前を向いた。
幅広い世代で収入減
生活保護の受給者には、「医療扶助」という制度があり、医療費の負担はない。一方、無料低額診療は、収入が生活保護の基準をやや上回っている人が主な対象となる。自治体から親族に連絡が行くことを避けたいという理由で生活保護を申請していない人が利用するケースも少なくない。
「70歳のパート女性。収入は国民年金のみ。ベッドメイクの仕事が減った」「62歳のピアニスト女性。ホテルやジャズバーが閉まり、収入がゼロに」――。西淀病院のメモに記されたコロナ禍の制度利用者の状況は、いずれも厳しい。
2011年度から無料低額診療に取り組んでいる同病院で、20年度に新たに148世帯が利用のための手続きを行った。前年度の約1・5倍に増えたという。
同病院の社会福祉士山原美里さん(40)は「これまでは、生活保護を受けずに低年金で働いてきた人がほとんどだったが、コロナ禍が長引き、幅広い世代が失業や収入減に直面していることが心配だ」と話す。
まだ0.4%
◆無料低額診療= 医療費のうち、患者の自己負担分を減免する制度で、1951年に始まった。2018年度の利用者は全国で延べ約760万人。実施する医療機関には税制上の優遇があるが、減免した医療費は持ち出しになる。実施は全国703医療機関で、全体の約0.4%にとどまる。
ホームレスら支援 無料医療相談会
「血圧は大丈夫そうだね。からだで何か気になることはない?」
6月中旬、簡易宿泊所が集まる東京・山谷地区の公園で、月1回の困窮者向けの「無料医療相談会」が開かれた。約60人が、ボランティアの医師2人の前に列を作り、問診を受けた。血圧を測り、必要な人には市販薬やばんそうこうなどが手渡された。
5年前に路上生活を始めたという70代の男性は、目のかすみを和らげる目薬を受け取った。国民年金の保険料の納付を若い頃にやめてしまったという男性は、無年金。営んでいた工務店を約10年前にたたむと、健康保険料も滞納し、保険証は失効した。
「病院には行けないが、野垂れ死んで迷惑もかけたくない。こうした機会は助かるし、仲間に会えて孤独感も解消され、励まされる」
自立には健康が大切
相談会は、路上生活者らの支援に取り組む一般社団法人「あじいる」(東京都荒川区)が20年前に開始。地元病院と連携し、医師の派遣や市販薬の提供を受けて続けている。
検査が必要だと判断した場合、スタッフが無料低額診療を行っている医療機関に付き添うことも多い。医療相談会に訪れてくれたことをきっかけに、生活保護の受給につながるケースもあるという。
あじいるの代表で医師の今川篤子さん(57)は「自立するためにも、健康状態を保つことが大切。衣食住に加え、誰でも医療を受けられる環境が不可欠です」と話す。
医療支援を受けて体調が安定した人のうち、希望者は、善意で寄せられた食品を必要な人に無料で提供する「フードバンク」の共同作業に参加している。地域の子ども食堂や、DV被害者の一時保護施設に届ける米や加工食品などの仕分け作業を担当する。
目薬を受け取った70代の男性も参加するつもりだ。「支えられるだけでなく、自分も誰かの役に立てていると喜びを感じられそうだから」
◎この連載は、野島正徳、平井翔子、小野健太郎、板垣茂良が担当しました。
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