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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

私もお母さんみたいに死んでしまうのかな…有名企業を退社、飛び降りも図った双極性障害の30代女性

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 I型の双極性障害をわずらう30代の女性Aさん。双極性障害は気分が高まる (そう) 状態と落ち込むうつ状態を繰り返す病気で、I型は特に激しい症状を示す。Aさんは、幼いころに両親が離婚し、地方で町工場を営む母の実家で、母親と祖母、叔父夫婦と暮らしていた。父親と三つ年下の弟は、離婚時から音信不通である。母親も双極性障害を患い、Aさんが10歳の時に自死した。その後は祖母が母親代わりとなり、子供がいない叔父夫婦にかわいがられて育った。

 Aさんは成績がよく、地元の国立大学へ進学し、卒業後は都内の有名企業に就職した。しかし、就職後1年がたった頃、職場で多弁となり、話も一方的で止まらず、注意散漫でミスが増加していった。服装が派手になり、上司や同僚に対しては、 些細(ささい) なことで激高して口論となり、時に暴力的になっていった。そのため、職場の上司から叔父夫婦に連絡が入り、叔父夫婦の付き添いで都内のB精神科病院を受診し、入院した。

「〇〇大学出てる私に何ができるのよ」

私もお母さんみたいに死んでしまうのかな…有名企業を退社、飛び降りも図った双極性障害の30代女性 望んだのは「思い出のコーヒー」

 一人暮らしの自宅には、購入した大量の衣料品や化粧品があり、クレジットカードのキャッシングで借金もかさんでいることが分かった。借金は叔父夫婦が返済。叔父の家の近くにあるC精神科病院へ転院し、外来に通院しながら休養をとり、職場復帰を目指した。しかし、今度はうつの症状が次第に強くなり、発作的に近くのショッピングセンターの3階から飛び降り、救急搬送された。歩行時に下肢を引きずる後遺症が残った。

 Aさんは、このタイミングで会社を依願退職しました。C精神科病院への通院を続け、気分の波はありながらも、簿記の資格をとり、町工場の経理を担当する叔母を手伝いました。しかし、母親代わりだった祖母が亡くなってからは、気分の波がより激しくなり、多弁や易怒性(イライラする、怒りっぽくなる)が見られるようになりました。近所の住人に食ってかかるような激しい口論をし、困った近所の人が警察へ通報。AさんはC精神科病院へ入院しました。退院後は、訪問看護師が週2回訪問するようになりました。

 訪問看護を導入した当初のAさんは、看護師に対して礼節を保ちつつ、当たり障りのない会話を繰り返していた。しかし軽躁状態となると、「あなたたち専門学校しか出てないんでしょう。〇〇大学出てる私に何ができるのよ」などと、多弁さや易怒性が目立った。その一方で、抑うつ症状になると、「看護師さんごめんなさい。あんなこと言って。生きてる価値ないね」「私の人生、なんでこんなふうになっちゃったんだろう」「私もお母さんみたいにいずれ死んでしまうのかな」「死んでおばあちゃんに会いたい」と発言した。看護師は、「多弁となったり怒りっぽくなったり、他の人に高圧的な言動をとったりすることも、自分の価値を感じられなくなって死にたくなるのも、どちらも病気の症状です。これらの症状が出現する前には不調のきっかけがあるはずだから、それを一緒に探しましょう」と説明し、かかわりを続けていた。そういうやり取りの中で、「本当はコーヒーを飲むのが好き。飲むと落ち着くし、元気な頃のお母さんに、よく駅前の喫茶店に連れて行ってもらった思い出もある。でも、今はお金がないから、もう何年もコーヒーは飲んでいない。通院するときにお母さんと行った喫茶店の前を通るから、お店に入りたいけど……」と話した。

お金のことを話すと叔父さんに殴られる

 看護師は、Aさんが障害年金を受給しているのを知っていました。さらに話を聞くと、躁状態のときに、年金で受け取ったお金をすべて一度に使ってしまうことが何度かあったそうです。そのため、ここ数年は、叔父がお金を預かり、一銭ももらっていないということでした。看護師は経済虐待の可能性も視野に入れ、叔父夫婦に話を聞きました。叔父夫婦は、「お金を渡すとすぐ使ってしまう。病院代や薬代を肩代わりしたことが何回かあって、それからはお金の管理は自分たちがしている」「障害年金はAの診察代や薬代、訪問看護の費用、足が不自由なため通院にかかるタクシー代やバス代、この家での食費や光熱費にあてていて、その中から小遣いを渡す余裕はない」「躁状態になると近所の人にAがケンカを売りに行き、止めようとすると自分たちも殴られるから苦労している」などと話しました。

 Aさん本人は、「町工場の経営が苦しいのは分かっている。病気になった頃の借金を叔父たちが代わりに払ってくれたし、大学の学費も。それなのに病気になって、みんなに負担をかけてしまっているから、お金のことは言いにくい。それにお金のことを話すと叔父さんに殴られる」「叔父さんは『訪問看護が来たって、どうせまた具合が悪くなるし、そうしたら入院すればいいんだから、訪問看護はやめてしまえ』と話している。でも私はもう入院はしたくないから、看護師さんに来てほしいし、よくなれば働きたいと思っている。ずっと家で一人だから寂しいし、友達もほしいなと思う。でも看護師さんがこの話をこれ以上すると、訪問看護はやめさせられるし、殴られるかもしれないから、叔父さんにはこの話はしないでほしい」と話しました。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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