ココロブルーに効く話 小山文彦
医療・健康・介護のコラム
【Track17】リストカットと過量服薬に走った20代女性。彼女が表せなかった思いとは?
リストカット、強迫的な手洗い…
(大量服薬……か?)
薬袋とカルテを照合すると、2種類の薬、3日分を一気に飲んでしまったようでした。ただし、短時間作用するタイプの睡眠導入剤と抗精神病薬だったため、胃洗浄などの救急処置が必要なほどではありませんでした。私は性急にならないように気を付けながら、穏やかに質問しました。
「今、眠くはないですか?」
しばらくして、「大丈夫……」との言葉が返ってきました。確かに意識もはっきりしていそうです。そこで、服薬の影響を確かめるために、手首の硬さ( 筋強剛 :薬の副作用の兆候)の有無と、脈を診るために、手首を見せてくれるように促しました。
その瞬間、カオリさんは、手を差し出すのをためらったように見えました。
原因は、右手首の内側にはっきりと表れていました。無数のリストカットの痕が重なっていたのです。その時の彼女の心の内を見せられた思いでした。
さらに指と手のひらは赤く乾き、荒れています。皮脂が落ちるほどに繰り返し(強迫的に)手を洗っている姿が連想されました。
「主治医に見捨てられた……」
私は、カルテを参照し、彼女に確かめながら、これまでの経過について問診することにしました。
17歳で引きこもり、不登校、拒食となったカオリさんですが、感情が高ぶった時には、急に声が出せなくなり(失声)、 吃音 の傾向も加わったことで、家族との会話も拒むようになりました。抑うつ、強迫観念・行為(手洗いなど)、さらに自傷行為を繰り返すために、担当医のT先生の治療は3年ほどになっていました。
彼女の話をゆっくりと聞いていると、彼女の自傷行為、それにこの日の大量服薬の原因が見えてきました。
T先生は、治療の開始時期から、カオリさんが規則正しい生活リズム、それに外出の習慣を身につけられるようにと治療を続けておられました。そのかいもあって、彼女の症状は落ち着きを取り戻していたようです。
ところが、でした。
改善していくに伴って、診察時間は短くなり、以前に比べると、カオリさんがゆっくりと心の内を吐露したり、ちょっとした内面の変化などの相談をしたりする機会は減っていきました。医療現場ではやむを得ないこととはいえ、彼女にとってはそれが落胆の原因となり、やり場のない憤りとなって姿を変え、積もり重なっていったようです。
私の目の前のカオリさんは、「T先生に見捨てられた」とまで感じているようでした。自傷行為と過量服薬は、そのことが引き金になったことが見て取れました。
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