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中川恵一「がんの話をしよう」

医療・健康・介護のコラム

放射線治療 臓器の形態や機能を温存

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頭頸部がん、食道がん、肺がん、子宮頸がん、前立腺がん、肛門がん……

放射線治療 臓器の形態や機能を温存

 がん治療の3本の柱は手術、放射線治療、薬物療法です。白血病などを除く固形がんの完治には、原則、手術か放射線治療の局所療法が必要となります。

 放射線治療では、臓器の形態や機能を温存できることが最大の特長です。体への負担も少ないため、通院が原則です。費用も99%近くのケースで公的医療保険がききますから、月当たりの自己負担額に上限を設けた高額療養費制度も使えます。

 手術と放射線治療が同等の治療効果を示すがんは少なくありません。放射線治療単独、あるいは抗がん剤と併用して完治がめざせる主ながんには、頭頸(とうけい)部がん(咽頭がん、喉頭がんなど)、食道がん、肺がん、子宮頸がん、前立腺がん、肛門がんなどがあります。

 頭頸部がんの場合、手術では声を失うこともありますが、放射線治療では声や美容を保ったまま治せます。

 肛門がんを手術すれば、人工肛門になることがほとんどですが、放射線治療では肛門を温存することが可能です。

患者の経済的な負担も軽減

 通院回数も大幅に減っており、東大病院の場合、早期の肺がんでは4回、前立腺がんでは、早期から進行がんまで5回の照射で済みます。照射時間も2分たらずですから、仕事の合間に治療を受けることが可能です。

 放射線を病巣にだけ完全に集中できれば、正常細胞への影響を皆無にしたまま、無限量の照射が可能となります。昨今は、この理想型が、かなりの程度まで実現されつつあり、「体への負担だけでなく、生活や仕事への影響も少ない治療法」として注目を集めています。

 前立腺がん患者206人を対象に、がん治療による「経済毒性」を調査したことがあります。調査結果で注目すべきなのは、自営業・パートタイム・アルバイトで働いていた前立腺がん患者のうち、手術を受けた患者では、41%で年収が低下していたのに対して、放射線治療を選んだ患者では、16%に過ぎなかった点です。自営業やパートの人に限ると、放射線治療を選ぶことで、有意に減収が少ないことが分かったのです。

 会社員では治療による減収に有意な差はありませんでした。その点、セーフティーネットが乏しい層では、がん治療のため入院すれば収入が下がります。通院で治療ができる放射線治療では減収を避けられることが、実証的に示されたことになります。

前立腺がんに5回で済む定位照射を導入 東大病院

 東大病院の放射線治療部門が推進している前立腺がんの「定位放射線治療」では、早期から進行したものまで、たった5回の通院で治療が完了します。すでに600人以上がこの治療を受けており、良好な治療効果を確認しています。もちろん、保険がききますから、自己負担額も限られます。

 多くの病院は、前立腺がんには40回程度の照射回数を採用していますから、東大病院の5回照射は例外的です。名古屋や長野など地方から「通院」する患者も少なくありません。この治療では、経済毒性はさらに低くなるはずです。

 ただ、残念なことに、放射線治療のメリットはあまり知られていません。実際、欧米ではがん患者の5~6割が放射線照射を受けているのに対して、日本では2~3割程度にとどまっているのが現状です。

 今後も、放射線治療を正しく、知ってもらうための努力を続けていきます。(中川恵一 放射線科医)

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中川 恵一(なかがわ・けいいち)

 東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。
 1985年、東京大学医学部医学科卒業後、同学部放射線医学教室入局。スイスPaul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、社会保険中央総合病院(当時)放射線科、東京大学医学部放射線医学教室助手、専任講師、准教授を経て、現職。2003~14年、同医学部附属病院緩和ケア診療部長を兼任。患者・一般向けの啓発活動も行い、福島第一原発の事故後は、飯舘村など福島支援も行っている。

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