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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

抗がん剤治療は「手術の補助」で行うのですか?

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 乳がん、胃がん、大腸がん、肺がんなどでは、根治目的での手術の後、遠隔転移の予防のために、抗がん剤やホルモン療法などの薬物療法を行うことがあり、「術後薬物療法」と呼ばれます。

 手術でしこりを切除すれば済むと思っていたのに、「手術の後に抗がん剤を投与する」と言われ、ショックを受けた、という話も聞きます。「念のためにやっておきましょう」と言われて、「念のため」くらいの理由で、髪の毛が抜けるような抗がん剤治療はやりたくないと思った、という患者さんもおられます。

抗がん剤治療は「手術の補助」で行うのですか?

イラスト:さかいゆは

「ついで」「念のため」に行うものではない

 術後薬物療法は、術後補助療法と呼ばれることもあり、メインの治療である手術に対して、「ついで」に、「念のため」に、補助的に用いる治療だというイメージもあるようです。そんなイメージで受け止めていたのに、副作用がきつかったり、ホルモン療法の飲み薬を10年間も飲み続ける必要があったり、ということで、違和感を覚える患者さんも少なくありません。

 副作用による身体的・心理的負担や、経済的負担もある治療ですので、念のために、というのではなく、きちんと目的を理解し、十分に納得して受ける必要があります。

 術後薬物療法の目的を理解するためには、まず、「全身治療」と「局所治療」の違いを知ることが重要です。手術や放射線治療などは「局所治療」と呼ばれ、腫瘍やその周囲に対して大きな効果を発揮しますが、狙った場所以外への効果はありません。一方、抗がん剤やホルモン療法などを用いた薬物療法は、血液に乗って全身に行き渡り、効果を発揮するため、「全身治療」と呼ばれます。

 もし、早期がんで、病変が最初の臓器や周囲のリンパ節にとどまっているのであれば、その病変を手術で取り除く局所治療だけで病気をゼロにできるはずです。しかし、局所治療で、目に見える病変を全部取り除いた後でも、一定の割合で、遠隔転移が発生することがわかっています。早期がんの状態であっても、がん細胞は血液中を漂っていて、それが種となって遠隔転移を引き起こすと考えられています。

 全身治療は、そのような、血液中を漂っているがん細胞を根絶するために行います。塊を作った腫瘍を取り除く局所治療も重要ですし、全身に広がっている可能性のあるがん細胞をやっつけて遠隔転移を防ぐ「全身治療」も重要です。どちらの治療も、がんを根治させるのに欠かせない治療と言えます。

 局所の病変を制御するという目的に照らし、副作用などのマイナス面も考慮した上で、最適な局所治療を選ぶ必要がありますし、遠隔転移を防ぐという目的に照らして、最適な全身治療を選ぶ必要があります。局所治療と全身治療は、それぞれ重要な目的を担っていますので、どちらか一方を選ぶというものでも、一方が他方を補助するというものでもなく、それぞれの目的に照らして、慎重に治療選択をすることが重要です。

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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