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解説

もっと知りたい認知症

認知症の女性を癒やした犬(下)「アラシ」がいるから大丈夫

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認知症の女性を癒やした犬(下)「アラシ」がいるから大丈夫

奇跡的な出来事を呼んだアラシ

 「さくらの里山科」の入居者、山田吉江さん(仮名、80歳代、女性)と、ホームの飼い犬のアラシ(保護犬出身、推定1歳)は、いつしか一緒に寝るようになりました。それから1か月ほどがたった頃、山田さんは夜、ぐっすりと眠るようになったのです。それまでは毎晩のように、「あそこに怖い物がいる」と訴えていたのに、それもなくなりました。

 山田さんの夜間の幻視による不眠症と、昼夜逆転に手を焼いていた職員たちは驚きました。「もう怖い物はいなくなりましたか?」と尋ねると、山田さんはニコニコしながら首を横に振りました。そして驚くべき返答をしたのです。

 「ううん。怖い物がいるのだけれど、アラシがいるから怖くないの」

 山田さんの幻視は改善されていなかったのです。認知症は今のところ、根本的には治らないのですが、個々の症状が一時的に改善されることはあります。私たちは、アラシが一緒に寝ることによって山田さんの認知症が改善され、幻視を見なくなったのだろうと推測していました。しかしそれは間違いだったのです。

 アラシと一緒に寝るようになっても、山田さんは幻視を見ていました。しかしアラシがいるお陰で、見ても怖くなくなり、その結果、夜に熟睡できるようになったのです。アラシは、認知症を改善させたのではなく、ある意味、打ちまかしたのです。こんな奇跡的な出来事は、私たちもこの1回しか体験していません。

 それからの山田さんの体調の回復ぶりは目覚ましいものでした。夜しっかり眠れるので、日中はしっかり目が覚めています。だからしっかり食事が取れ、自分で動き回るようになりました。食事と運動の量が増えれば、体は健康になり、一層、食事の量と運動の量は増します。認知症の症状も落ち着いてきました。マイナスの連鎖が、プラスの連鎖に見事に切り替わったのです。

 アラシも見違えるように生き生きとしてきました。おそらく病気ゆえに虐待され、捨てられたアラシはきっと、愛情に飢えていたのでしょう。誰よりもアラシのことを、アラシのことだけを愛してくれる山田さんといつも一緒にいることにより、アラシの表情は輝いていました。おどおどと、いつもおびえているような雰囲気は跡形もなくなりました。アラシと山田さんは、生きるためにお互いを必要としていたのです。2人の出会いは、まさに奇跡の巡り合いだったのです。

 山田さんとアラシの幸せな生活は2年ほど続きましたが、突然、終わることになります。ある日、アラシがぐったりとしていたのです。慌てて動物病院に連れて行ったところ、多臓器不全でもう手の施しようがない、という診断が下りました。ホームの犬たちは半年に1回、健康診断を受けているのですが、それでは見つからなかったのか、あるいは症状が急激に進行したのか、末期症状になって初めて分かったのです。私たちにとって予想もしなかった突然のお別れでした。

 一つだけ救いがあるとすれば、アラシが苦しんだ期間が長くなかったことです。突然ぐったりしてから死ぬまで、わずか数日しかありませんでした。

 その数日間をアラシは精一杯幸せに生きました。ぐったりとしているアラシは、それでも頑張って、わずかにご飯を食べると、よろよろと山田さんのベッドの所にいき、ベッドに上げてと目で訴えます。職員がアラシを抱えてベッドに乗せてあげると、山田さんに寄り添って、安心して眠りました。その顔はとても幸せそうでした。そうやって穏やかに、最期の時は過ぎたのです。

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