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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

医療・健康・介護のコラム

認知症の女性を癒やした犬(下)「アラシ」がいるから大丈夫

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虹の橋で再会し2人の絆は固く

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せっかくお別れの挨拶をしてくれたのに……

 ただし、私には、一つ後悔していることがあります。アラシが死ぬ前日、アラシが暮らすユニットを訪れた時のことです。ちょうど山田さんは入浴中で、アラシはケージに入って寝ていました。私が部屋に入ると、アラシは必死に力を振り絞ってケージからはい出てくると、私の手に頭をこすりつけて甘えてくれたのです。何回も何回も。私も少しの間、アラシを抱きしめていました。

 翌日、アラシは死にました。私は、あれは、お別れの挨拶をしてくれたのだと気が付いたのです。あの時もっと長い間、アラシを抱きしめていればよかった。せっかくお別れの挨拶をしてくれたのに……。6年以上たった今でも、それを悔やんでいます。

 私にとって救いになるのは、私はアラシにとって、好きな人ベスト10にも入っていなかっただろうということです。その日、アラシはユニットの職員と入居者全員に挨拶をしていました。アラシは大切な人すべてにきちんと別れをつげたのです。私への挨拶は義理みたいなものでしょうから、アラシにとっては短時間で十分だったでしょう。

 アラシがいなくなってしまったので、また山田さんの不眠症や昼夜逆転が始まるのではないかと、職員は心配していました。しかし、それは全く起きず、山田さんの生活リズムは安定したままでした。「もう怖い物はいなくなりましたか?」と職員が尋ねると、山田さんは満面の笑顔で、「アラシがいるから大丈夫」と力強く答えてくれました。

 私たちは首をひねりました。山田さんの答えは、「アラシは私の心の中にいる」という心情的な意味でしょうか。それとも、今度はアラシの幻視を見ているのでしょうか。あるいは認知症のために、アラシの死が理解できていないのでしょうか。もしかすると、本当にアラシの霊魂がいて、山田さんにだけ見えているのでしょうか。

 でも、それはどうでもいいことでした。アラシは死んだ後も山田さんのことを守ってくれている。やはりアラシは山田さんの認知症を打ちまかしたのだ。それこそが真実ですから。

 山田さんはその後も穏やかに暮らし、1年後に亡くなりました。きっと虹の橋でアラシに再会し、2人の絆は固く結びついていることでしょう。

 (若山三千彦 特別養護老人ホーム「さくらの里山科」施設長)

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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