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ココロブルーに効く話 小山文彦

医療・健康・介護のコラム

【Track16】他人のイヤホンから漏れる音が激情を誘発。30代女性にみられた「怒り発作」と「月経前症候群」

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穏やかな女性が突然の激高を

 ある日の夜、夫がソファでうたた寝をしているのを見たヨウコさんは、ふいに怒りが湧き上がってきました。

 「どうしてそんなにだらしないのよ!」

 「いいじゃないか、いったいどうしたんだ?」

 そんなやりとりから、口論が始まりました。

 夫婦げんかは、それなりにありましたが、この夜のヨウコさんの怒りは別人のように激しく、台所の皿を床にたたきつけて割ってしまったり、自分の頭を両手でボカボカたたいたりなど、夫と長男が、なだめすかして、ようやく収まったとのことです。

 翌日に再びクリニックを受診し、前夜の状況を伝えると、 (そう) うつ病(双極性感情障害)の可能性があり、薬剤の調整のためにも短期間の入院治療を勧められたことで、夫に連れられて、当時、私が勤務していた病院を受診しました。

 初診時のヨウコさんは、紹介状に書かれているような不安げな様子は弱く、とても落ち着いた表情でした。夫婦げんかで、皿を割ってしまうほどの激情の持ち主だとも思えないほどでした。私は「入院が必要なほどか?」と一瞬迷いました。「最近になって頻繁に不安に陥ることが強くなってきた」「急に怒りが爆発してしまう」と訴えるヨウコさんですが、目の前の彼女の落ち着きぶりからは想像もできません。そこからは、症状は発作的であり、怒りや不安に見合う原因の乏しさ、つまり小さな理由で臨界点近くまで怒りが突き上げてしまうアンバランスさを感じたため、入院治療に (かじ) を切りました。

怒りは月経前にやってくる?

 入院2日目の問診で、ヨウコさんはこう語りました。

 「お薬で、今はとても落ち着いているのがわかるんですが、不安材料が2つあるんです」

  • (うつ) の「躁」にあたる症状は、あの夫婦喧嘩でのひどい興奮以外に思い付かない。
  • 今、落ち着いているのは、生理中だからではないか。

 たしかに、躁鬱の両面における症状ははっきりしません。躁状態にみられる、多弁(話しすぎること)や活発すぎる様子もこれまでにはうかがわれません。それまでに処方されてきた興奮を抑えるための薬は極めて少量で、これだけで感情の安定化が得られているとも思えませんでした。また、発作的で強い怒りと興奮、いわゆるアンガーアタック(怒り発作)がみられやすい疾患としては、非定形うつ病や人格の偏り、また、ADHD(注意欠如・多動性障害)も考えられますが、ヨウコさんの場合には、いずれも考え難い状態でした。脳の器質性疾患やてんかんなどが疑われることもありますが、脳波、頭部MRI(磁気共鳴画像)、血液検査などでも異常はありませんでした。

 ヨウコさんの言葉どおり、やはり月経と不安・感情との関連が気になりました。

 詳しく尋ねると、最初に夫の単身赴任がひどく心配になりはじめたのは、当時の月経開始前の週だったこと。夫婦喧嘩でお皿を割ってしまったのが、それからほぼ1か月後だったようです。だから、ご本人も「次の生理前が心配」とのことでした。

 そこで、私は、「月経前症候群」(Premenstrual Syndrome:PMS)の中でも、「月経前不快気分障害」(Premenstrual Dysphoric Disorder:PMDD)が疑われることを説明し、その夜からSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)である「エスシタロプラム」の処方に一本化しました。

 その後も、病棟内でのヨウコさんはとても落ち着いていて、うつ病で同室に入院していたマキさん(29)の「お姉さん」的な良き話し相手でもありました。病院内のデイルームなどで2人が談笑している姿は、私もよく見かけました。狙い通り、SSRIが功を奏しているようでした。

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小山 文彦(こやま・ふみひこ)

 東邦大学医療センター産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。広島県出身。1991年、徳島大医学部卒。岡山大病院、独立行政法人労働者健康安全機構などを経て、2016年から現職。著書に「ココロブルーと脳ブルー 知っておきたい科学としてのメンタルヘルス」「精神科医の話の聴き方10のセオリー」などがある。19年にはシンガーソング・ライターとしてアルバム「Young At Heart!」を発表した。

 今年5月14日には、新型コロナの時代に伝えたいメッセージを込めた 新曲「リンゴの赤」 をリリースした。

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