武井明「思春期外来の窓から」
揺れ動く思春期の子どもたち。そのこころの中には、どんな葛藤や悩みが渦巻いているのか――。大人たちの誰もが経験した「10代」なのに、彼らの声を受け止め、抱えている問題を理解するのは簡単ではありません。今を懸命に生きている子どもたちに寄り添い続ける精神科医・武井明さんが、世代の段差に橋をかけます。
医療・健康・介護のコラム
教室に入るのが怖い…「誰とでも仲良くするいい子」が高1で突然、不登校になった理由
おばあちゃんの焼く煎餅は
通院を始めて6か月が経ちました。この頃になると亜美さんは、煎餅屋を営んでいるおばあちゃんの家に遊びに行くようになります。おばあちゃんと煎餅を焼きながら、いろんな話をします。おばあちゃんは、何を言ってもウンウンと話を聞いてくれます。ある日、おばあちゃんが、
「煎餅にはどれひとつ同じ形はないんだよ。だから、完璧な煎餅なんてありえない。『1+1=3』くらいの気持ちで焼くこと。そう思うと、いい煎餅を焼かなくてはいけないという焦りがなくなる」
と話してくれたということです。
亜美さんはおばあちゃんの話を聞いて、ハッとしました。相手の気持ちを正確に読もうとして、これまで頑張り過ぎていたと思いました。もっといい加減でいいのかもしれないと思うようになりました。
その後、亜美さんは、高校2年時から通信制高校に転学し、心から信頼できる友達と出会うことができました。今は高校を卒業し、専門学校で元気に過ごしています。
いい加減がいい
亜美さんは小さい頃から、周りの人たちの気持ちを読むことに一生懸命でした。相手の気持ちを正確に、間違いのないように理解しようと努めてきました。しかし、相手の本当の気持ちは簡単にわかるものではありません。
亜美さんは、相手の気持ちをどうしても悪いほうに解釈してしまいがちでした。自分は同級生から悪く思われていると考えてしまいました。それで、教室にいると周りに過敏になり、登校できなくなりました。
他人の本当の気持ちなんて誰にもわかりません。当の本人でさえ、自分の本当の気持ちがわからないことがあります。こころのなかに「好き」と「嫌い」という相反する気持ちを同時に持っている場合もあるので、本当の気持ちがどちらなのか本人にもわからないのです。複雑であいまいで流動的なのが、人間のこころなのかもしれません。そんな得体の知れないものと向き合うには、亜美さんのおばあちゃんが言うように、「いい加減がいい」ということになりそうです。(武井明 精神科医)
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