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うつ病の娘を救った…スマホ動画の父「笑ってみい」西日本豪雨3年

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 「あなたを決して忘れない」――。広島県内で150人もの犠牲者(災害関連死を含む)が出た2018年7月の西日本豪雨から、6日で3年を迎えた。県内各地で追悼式などが営まれ、命を奪われたそれぞれの大切な「あの人」に思いをはせ、 冥福めいふく を祈るとともに、改めて災害の教訓を後世に受け継ぐことを誓った。

 呉市安浦町の実家で同居していた父・良治さん(当時67歳)を亡くした高取久美子さん(44)(東広島市)は6日、実家近くであった地区の追悼式に参列し、「春から一人暮らしを始めたよ」と父に報告した。

うつ病の娘を救った…スマホ動画の父「笑ってみい」西日本豪雨3年

亡くなった父を思い、花を供える高取久美子さん(呉市で)=金沢修撮影

 3年前の7月6日午後8時頃、良治さんは家を出たまま行方不明になり、4日後、数キロ離れた場所で遺体で見つかった。土砂は家のそばまで来たが、中にいた久美子さんは無事だった。

 うつ病を患っていた久美子さんを良治さんは優しく見守り、旅行やドライブに連れて行ってくれた。豪雨後、久美子さんは悲しみと恐怖で実家に住めなくなり、東広島市の姉の家で暮らした。以前より気分がふさぎがちになり、何も手につかない日もあった。

 ふと自分のスマートフォンに、父の動画が保存してあるのを思い出した。その2年前、インフルエンザにかかった姉の長男を元気づけようと、久美子さんが撮った良治さんのビデオレターだ。「笑ってみい。笑ったらよくなるんじゃけえの」「はよ良くなるんで。またじいちゃんと遊ばないけんけぇ」――。

 変わらない父の優しい顔。自分に語りかけているような気がした。入院していた母・一美さんを豪雨の翌年に亡くし、生きる意味を見失いかけた時も、動画を見て毎日1回はほほ笑むよう心がけた。「今日も笑って過ごせた」。そうやって一日一日を送ってきた。

 久美子さんは3月、東広島市内のアパートで一人暮らしを始め、6年ぶりに仕事に就いた。「少しずつでいいから、できる範囲のことをやろう」と思えるようになったからだ。食品工場での夜勤。黙々と作業するのが向いていた。

 ずっと片づけられずにいた実家は5月、借り手が見つかった。生活はゆっくりと、しかし確実に変わり始めている。久美子さんは今も時々、スマホの「オトン」というフォルダーに入った動画を見返す。「笑っていれば良くなる。きっとこれからも」と思う。

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