【Track15】「発達障害」を疑われてきた22歳女性の困惑。その真相とは?

 仕事がはかどらない、人間関係がうまく結べない、何事にも意欲がわかない……。ある人の「いつもと違うこと」が目立つ場合は、うつ病が疑われます。2000年代初頭には、「うつ病は心の風邪」などの言葉が広く知られたことで、さまざまな元気のなさ(ココロブルー)を「うつ病では?」と疑うようになり、いわば「うつ病メガネ」で心の問題を見ようとする傾向が強まりました。これにより、うつ病予防の機運が高まった反面、多様な個人の性格までも、一律に「うつ?」とくくられやすくなるというデメリットも招かれるようになりました。

 そして、最近は、職場の誰かにみられる「まわりと違うこと」の原因として疑われやすくなってきたのが「発達障害」です。自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害などをひとくくりにした病名です。こちらも同様に、個人の置かれた状況や困りごとの実態を知らないまま、つい「発達障害メガネ」で見てしまうと、その人の内面に隠れている不調や困惑の真相を見落としてしまうことがあります。

緊張であいさつもできない

 22歳のエリカさん(女性)は、短大卒業後、地元のデパートに勤務しています。しかし、入社後のオリエンテーションでは、なかなか業務が覚えられず、顧客相手を想定したロールプレイもうまくできません。お客さんとの応対時にガチガチに緊張して、きちんと相手の目を見てあいさつすることすらできませんでした。

 このままでは、なかなか店舗での仕事は務まらないだろうという職場の判断で、エリカさんは、売り場に配属されず、バックヤードやサポートを務めるようになりました。

 しかし、そちらの仕事も順調には進みませんでした。一人で伝票入力をしたり、書類データの整理等はできるのですが、そうした処理中に突発的に先輩からのオーダーが加わったり、電話対応に直面したりすると、わたわたと慌ててしまうのでした。エリカさんのこうした姿は、「なかなか仕事が覚えられない」「一人での仕事はできてもチームワークができない」「同時に多くの処理ができない」などと、先輩や上司から評価されてしまうのも無理ありませんでした。

やがて胃痛と吐き気が襲ってきて

 入社して3か月めのある朝、エリカさんは、胃の辺りの痛みと吐き気に見舞われました。一人暮らしで買い置きの薬もなく、だんだん不安が高じてきました。職場には電話で連絡し、その日は仕事を休みましたが、安静にしていても症状はおさまりません。隣県の両親には、「心配かけたくない」との思いから、職場での様子もほとんど伝えていません。

 この時のエリカさんにとって、唯一、助けを求められる存在が、短大の同期で看護師をしているナツコさんでした。スマホでメッセージを送って状況を説明すると、ナツコさんは、夜勤明けにエリカさんのもとへ駆けつけてくれました。

 その頃には、次第に胃痛、吐き気もおさまってきてはいましたが、エリカさんは、今後の仕事のことが心配で、自分には勤まりそうもないことをナツコさんに打ち明けました。そればかりか、ある先輩が、自分のことを「発達障害ではないかとうわさしているみたい」と、泣きじゃくりながら訴えました。

 実は、ナツコさん自身も、学生の頃に進路の悩みから不眠となり、呼吸困難も続いた経験があり、私が治療したことがありました。そこで、エリカさんには、まず職場の産業医に相談し、そこから私の(当時)ストレス外来を受診するよう勧めてくれました。

 翌週、産業医からの紹介状を携え、ナツコさん同伴で、エリカさんが私の外来にやって来ました。紹介状には、「一つの業務はこなせるものの、同時多発の事態に対応できない」「人間関係がうまく結べない」「そのため発達障害を疑っている」と、産業医の意見が書かれてありました。産業医のもとを訪れたとき、エリカさんは緊張のあまり、自身の思いをほとんど語れなかったらしく、紹介状の産業医の意見は、職場上司らからの情報を基にしたものであることが申し添えられていました。

彼女は発達障害ではない

 初診時、診察室に入ると、エリカさんは深々と頭を下げて丁寧にあいさつをしてくれました。ところが、その直後から、まっすぐに私の顔を見ることはありません。誰かと視線を合わせることができない様子、つまり強い対人緊張が伝わってきました。そこで私は、互いの視線の向きが90度(直角)に交わされるような位置関係を作りました。

 エリカさんは、ゆっくり話し始めました。

 「入職以来、同僚や先輩たちとのコミュニケーションがうまく取れない。何か話しかけられるだけで緊張してしまう。いつも、どう答えようか、ヘンに思われるんじゃないかと思って、ドキドキしてしまう」

 私が「それは、どうしてだと思うの?」と尋ねると、涙ぐみながら「自分は、周りの人に比べて、何事も劣っていると思うから」と、しっかりうなずきながら懸命に答えようとしてくれました。

 ここまでのエリカさんの様子と言葉、話しぶりからは、人と向き合うこと、すなわち社交関係への過度の緊張と恐怖感が伝わってきました。職場での人間関係をうまく結べないのは、「社交への恐怖」が主な原因で、自閉性スペクトラム症の患者さんに多く見られる「他者理解や共感の欠如」(協調性の乏しさ)とは異質なものでした。ADHDの特性に関する簡易自己チェックを記入してもらった結果、やはりエリカさんには、その傾向はほとんど見当たりませんでした。

自分から社会活動を避けてしまうと

 エリカさん個人の面接後に、ナツコさんにも意見を聞きました。

 彼女の話では、エリカさんは、学生の頃から大勢の人が集まる会が苦手で、年齢とともにその傾向がだんだん強まってきたとのことでした。学校卒業前には、数人の会食さえも避けるようになっていたそうです。

 私のエリカさんの現状に対する診断は、ほぼ「社交不安障害」(または、社交恐怖)に固まってきました。社交、対人恐怖の度合いについての検査(LSAS-J)の結果からも、その傾向の強さが明らかでした。

 対人関係などでの過度な恐怖感や不安は、「脳内の神経伝達を担う物質セロトニンのバランスが崩れている状況と考えられている」とエリカさんに丁寧に説明してみました。その上で、抗うつ剤として広く使われている「SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)」の一種、「エスシタロプラム」による薬剤治療を開始しました。

 併せて、恐怖感と不安があるからといって、自分からあらゆる社会活動を避けてしまうことは、その場限りの安心感は得られても、「社交恐怖」を定着させてしまい、かえって状況の悪化を招くこともゆっくりと説明しました。そのため、薬剤の効果が出るまでの2週間は休業し、その後は、可能な限り職場には出向くことを勧めました。私の言うことを、エリカさんはしっかりと理解してくれました。

 エリカさんの状況と治療の方針については、彼女の同意のもと、職場の産業医宛てに書面で伝え、職場側の理解を得られるようにお願いしました。数日後、産業医の先生からは、ご理解いただけた旨の返信をいただきました。

再び職場に向かう気持ち

 初診から2週間後、私の診察室に再来したエリカさんには明らかな変化が起こっていました。もちろん、まだ自信満々とまではいきませんが、私の顔をちらちら見て、時々視線を合わせながら、「そろそろ仕事に行ってみます」と意思表明してくれたのです。社交恐怖という大きな不安を抱えながらも、再び緊張の場である職場へ向かおうとするエリカさんの気持ちに、私は敬意を覚えました。

 その後も診察のたびに、私は彼女の「闘病と仕事の両立」という大仕事をたたえました。エリカさんは、薬剤を服用しながら仕事を続け、依然として顧客対応などの対人業務には苦手意識が続いたようでしたが、やがて、店舗の広報にも関わりはじめるなど、働く女性としてのキャリアを重ねていきました。

 生まれつきの特性である「発達障害」と、場面次第で不安が高じてしまう「社交恐怖」とでは、治療のアプローチがまったく異なります。自分自身や周囲の判断だけで何らかの診断(病名)を決めつけてしまうと、暗いトンネルの先にあるはずの光を見つけられずに、長くそこで漂流してしまうことになりかねません。

※「社交不安(社会不安)障害」または、「社交恐怖」

 人に注目される場面や、それによって自身が恥ずかしい思いをすることが怖くなり、不安が高まってしまう病態です。そのため、人と対面して話すことや外出を避けるようになると、社会活動に大きな支障が生じるため、治療を要します。今回のエリカさんの場合もそうでしたが、SSRIなどの薬剤と認知行動療法的アプローチ(例:怖いから避ける→怖いながらも向かう、等への変容)が有効とされています。

 ~ Plusココロブルーへのサプリ 🎧この一曲 ~ 

“O Grande Amor” MORELENBAUM2 – SAKAMOTO

 先月に続いて、この時期のじめじめした気候から解放されるような素敵なボサノバサウンドを紹介します。今回は、MORELENBAUM/SAKAMOTOというユニットの「CASA」(2001年作品)。ボサノバの創始者アントニオ・カルロス・ジョビンと一緒に演奏していたモレレンバウム夫妻と坂本龍一氏が、ジョビンが愛用したスタジオとピアノを使って演奏し、彼にささげた作品です。特に、「O Grande Amor」は、雄々しく深みのあるチェロと、淀みなく流れるピアノを背景に、アンニュイな女声ボーカルが美しく映えます。浮遊感すら感じさせるその歌声が、このユニット全体の安定感に守られ、しっくりと落ち着いて耳に届きます。個人的には、なんとなく不安な心境にある人が、自分自身を支えてくれる人や環境に囲まれることで、安定を得ていく様子を思い浮かべます。このアルバムでは、どの曲からも浜辺や湖畔、はたまた森の中や避暑地の休日という、ちょっとぜいたくなイメージを味わうことができます。

“O Grande Amor” MORELENBAUM2 – SAKAMOTO
https://www.youtube.com/watch?v=Mm1JYN-mcUc

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