武井明「思春期外来の窓から」
医療・健康・介護のコラム
「あら、まだできてないの?」働く母に代わり夕食を作る高1長女を襲った過呼吸…生まれながら「よい子」はいません
お母さんと一緒に支度を
通院が始まって5か月後、菜月さんはお母さんに、夕食の支度をすることの大変さを初めて打ち明けることができました。
その直後の面接で、お母さんは、
「菜月は私に気兼ねして、我慢してきたんですね。パートから帰ったら、『疲れた、疲れた』とは言わず、もっと真剣に菜月の話を聞いてあげなくてはいけませんね。夕食のことも菜月に頼り過ぎていたと思います。これからは私が早く帰宅して、菜月と一緒に夕食の支度をしたいと思います」
と述べました。
その後は、一緒に夕食を作りながら、菜月さんと話をするようになりました。菜月さんも、学校でのできごとを、以前よりもよくお母さんに話しているようです。通院を始めて9か月後には、菜月さんの過呼吸はほとんどみられなくなりました。
つらい体験がこころの対処能力を超え
菜月さんは部活やクラスでのつらい体験を、誰にも話すことができず、こころのなかにため込んでしまいました。ため込んだ気持ちが菜月さんのこころの対処能力を超えてしまって、過呼吸が起きるようになったと考えられます。通院を始めてから、菜月さんはその気持ちをお母さんに打ち明けることができました。
生まれながらにして手のかからない子なんて、実は存在しないのではないでしょうか。家庭での親の様子を見て、子どもたちは「手のかからないよい子」という仮面を自然と身に着けてしまうのだと思います。親はそれが当たり前と思い、そのような子どもに特段、関心を向けることもなく、親自身の仕事や趣味に没頭しているわけです。
しかし、子どもたちが思春期に至ると、手のかからないよい子としてだけでは生きていけない家庭や学校の問題に次々と直面し、子どもたちのこころを揺さぶり、よい子という生き方の裏側に潜む問題が 露 わになります。
菜月さんのお母さんは、これではいけないと立ち止まり、菜月さんと関わる時間を増やして、その気持ちを大切にするようになりました。よい子と言われる子どもたちは、親にもっと自分の気持ちを聞いてほしいのです。「どんなにひどいことを言っても親は自分を見放すことがない」という安心感があって初めて、子どもたちは本音を語り出すのです。(武井明 精神科医)
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